ぼっちQ&A!~小川麻衣子作品感想ブログ~

『ひとりぼっちの地球侵略』や『魚の見る夢』等、漫画家の小川麻衣子先生の作品について感想を綴ったブログです。

『ひとりぼっちの地球侵略』第73話~最終話までをざっくりまとめてみた(ショート版)

(2018年11/18日更新)

※『ひとりぼっちの地球侵略』15巻発売に伴い、本記事に約10000文字超の加筆訂正を行った『ひとりぼっちの地球侵略』15巻感想記事の正式版を投稿しました。下記にリンクを貼っておきますので、正式版が読みたい方はこちらからお願いします。

thursdayman.hatenablog.com

 

 

こんにちは、さいむです。

今回は、2018年9月12日に完結した『ひとりぼっちの地球侵略』について、最終15巻発売までにその掲載内容をざっくり振り返ってみたいと思います。

まずは簡単な前置きから。

このブログは本来、単行本化される前の内容についてはあまり触れない方針でぼっち侵略の感想を書き綴ってきました。ただ今回、ひとりぼっちの地球侵略15巻がこの記事の投稿日から約一ヶ月後の2018年11月12日となり、完結から最終巻発売まで二ヶ月の間が空くこととなりました。

そこで、既にゲッサンで最終話まで読まれた方向けが残りの一ヶ月を楽しみに過ごせるように、文章は少なめながらも既刊のざっくりまとめ同様の感想記事を書こうと思ったのです。

以上の理由ゆえ、今回の記事にはひとりぼっちの地球侵略最終話までのネタバレがあります。ゲッサンで読まれていない方はうっかり内容を読まないように、既に読まれた方もうっかり感想を他の人に言ってしまわないようにくれぐれもご注意ください。

そもそもゲッサンを全て購読した方向けに書いたので、ゲッサン未読の方が読んで一部分しか内容は理解できません。どうしても気になる方は今からゲッサン電子書籍で購入しましょう!

それでは、CMを挟んで本題に入りましょう。

【ネタバレ内容をうっかり見ないためのCM】

①ぼっち侵略14~15巻のAmazonリンク(ただのリンクであり広告ではない)。

ひとりぼっちの地球侵略(14) (ゲッサン少年サンデーコミックス)


ひとりぼっちの地球侵略(15): ゲッサン少年サンデーコミックス

②ぼっち侵略14巻の感想記事

thursdayman.hatenablog.com

③私が<アレ★Club>のWebマガジン『コレ!』で連載中のエッセイ。

are-club.com

以上、CMでした。

 

 

 

・第73話『犠牲』

まず最初に、第73話から見ていきましょう。サブタイトルにもある通り、他の誰かのために犠牲になるという行為に焦点を当てた話となっています。

ここで犠牲になった人物は、主にマナと広瀬くんの二人だと考えられるでしょう。マナはマハの凶行を止めるために、広瀬くんはマナと共に死んでしまった大鳥先輩を助けるために、それぞれ己の命を投げ出してしまいます。

ここで二人の行動を読み解くために重要になってくるのが、実は12巻における凪の行動です。14巻でも広瀬くんが地球の王となる際に夢で凪の面影を思い出す等、凪の存在は未だに大きいものです。その中でも、15巻掲載分の内容では特に凪の存在感が強いです。

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上記のリンクの内容の通り、凪の最期については、「ゴズ星系の宇宙人による被害をこれ以上増やさないため(ゾキの罪を自分も背負うため)」「先に逝ってしまったマーヤを一人にしないため(もう先のない自分の命を誰かのために使うため)」という二つの側面があります。これを踏まえて第73話を読み返すと、マナと広瀬くんの犠牲は凪の犠牲が持つ二つの側面を継いだものであることが分かります。

まずマナですが、彼女はマハによる凶行を止めるために自分の命を擲ちました。これは凪がゴズ星系の宇宙人の被害を止めるために自分の命を絶ったことと重なるようになっています。

注目すべきポイントとして、凪がゾキと自身の境遇を重ね合わせたことでゾキの罪をも背負ったように、マナもまたマハの凶行を一緒に背負おうために心中を図ろうとしています。ただし、同じ「罪を背負う」行動でもここには微妙な差異が存在します。凪の場合は彼自身の存在を消し去ることがゴズ軍団の暴走を止める手早い方法だったという都合に、ゾキの罪も背負う意味合いも重ね合わせています。

一方でマナの場合、ただマハを毒殺するのであれば自身も毒を吞む必要は無く、ここが凪のそれとは微妙に異なっています。マナがそうした理由は、マハが罪を背負って死ぬとしても彼を一人にはさせないためであり、この部分は凪がマーヤを一人にしないために自ら命を絶った部分とも実は少し重なっているのです。

 

12巻70~71P
「俺、これからだいぶ暇になるんだけど…一緒にいてやろうか?」
「ちょうど俺も寂しいところだったんだ…」

 

第73話
「長い間あなたを一人にさせすぎた…」
「地獄に行くなら付き合ってあげると思ったのに…あなたも本当の体じゃなかった…」

 

ここでマハが死ぬことができなかったことは明白にマハの罰として描かれていますが、マハが受けた罰については後々細かく解説するので一旦保留します。

次に広瀬くんの犠牲についてですが、こちらは凪がマーヤと一緒にいるために死を選ぶまでの言動を明確になぞっています。広瀬くんが大鳥先輩を背負って移動し(12巻69P)、地球とリコが止めようと走るも間に合わず(12巻72P)、最終的には大鳥先輩に心臓を返して死んでしまいます。

ここで広瀬くんが発言している「今なら先輩の気持ちが痛いほどわかる。俺達は瞬間で生きてるんだ。」という台詞は、13巻102~103Pを中心とした大鳥先輩の告白に対するものでしょう。

 

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13巻での大鳥先輩は告白に際し、「広瀬くんがいればそれでいいの、それ以外に欲しいものなんてなんにもない!」と、遠回しながら地球侵略を蔑ろにしてでも広瀬くんと一緒にいたいという想いを伝えているのです。

(略)

13巻のざっくりまとめ当時は、この大鳥先輩の言動について、地球やマハによって大鳥先輩が元の約束を守るのか広瀬くんと共にいることを優先するのか、という二択に追い込まれている、という主旨の解説をしました。ただ、ここはもっと前向きな捉え方をすれば、1巻から続いてきた地球侵略や仲間といった御題目を取っ払って、大鳥先輩がゆっくりと育んできた広瀬くんへの想いをそのままに伝えられたシーンでもあります。第71話でもマナに言われたとおり、広瀬くんが大鳥先輩の告白にきちんと応えようというのであれば、この地球を手放してでも大鳥先輩を返して欲しい、という願いは大鳥先輩の告白としっかり釣り合う想いとして成立していると言えるでしょう。

ここで解説しているとおり、大鳥先輩は13巻で二人で地球侵略をするという約束を半ば反故にしてでも自分の想いを広瀬くんに伝えようとしており、広瀬くんもそれに応えるように14巻でも地球と引き換えに大鳥先輩を救いたい、という旨の発言をしています。

 

(14巻175P)
「地球が欲しいならくれてやるから…その代わりに大鳥先輩返してくれ。」

 

第73話での広瀬くんの台詞はこれに連なるもので、彼は最終的に大鳥先輩がかつて救ってくれた自分の命までも返してしまうことで大鳥先輩を生き返らせようとしたのです。

・第74話『決意の人』

続いて第48話です。地球のどこか空々しい決意の言葉が響き渡る傍でちゃっかり生き返っている大鳥先輩ですが、広瀬くんが自分を生き返らせてくれたことを知ると彼にそっとキスをします。ここのキスシーンは源流を辿ると2巻128~130Pまで行き着きます。「仲間」という抽象的な概念から「広瀬くん」という個人の存在をようやく抽出して認識できるようになった(ことと引き換えに広瀬くんが死んでしまった)大鳥先輩が、死んでしまった広瀬くん(仲間)に対してできる唯一の行動としてキスをするシーンです。

この後大鳥先輩は広瀬くんの心臓の存在を思い出して彼がまだ生きていることを遅れて確認するのですが、第74話ではその心臓を自分のために返してくれた広瀬くんへの返事、お礼としてのキスとなっています。言葉こそ交わされていませんが、二人の好意を互いがよく理解して行動し、それが繋がることはなくとも互いに時間差で届いている、胸が熱くなる演出になっています。

余談ですが、ここで4巻の回想をはっきり描いている辺りはだいぶ分かりやすく説明するようになった部分もあるなぁと思っています。こうした過去からの連続性については本当に分かりにくく描いてばかりの作品だったので……。

さて、復活した大鳥先輩はマハと対面し、俺と共に神になれというマハの誘いを拒否します。

 

(第74話)
「私は…人間になりたい!!!」

 

大鳥先輩から、遂に人間になりたいという言葉が出てきました。思い返せば7巻で広瀬くんが「大鳥先輩にとって地球が第二の故郷であってほしい」という旨の発言をしてから8巻分話が進んでいますが、やっと本人の口からもその言葉が出てとても安心しています。6年読み続けてきてよかった……。

話を戻しますが、ここでは大鳥先輩の「人間になりたい」という望みがマハの「俺たちが神なのだ」という言葉と対立しています。マハの言う「神」が何なのか、という話は後述しますが、取り敢えずここではマハの言う「神」がその直前の「宇宙を一から始めることもできるだろう」という言葉と密接に関係している言葉であり、それは大鳥先輩を構成している「地球で過ごしてきた日々」を蔑ろにするものである、ということだけ押さえておいてください。

そして今度は広瀬くんが生き返ったところで第74話は終わりますが……ここも第75話で説明するとしましょう。

・第75話『明暗』

第75話のサブタイトルは『明暗』。大鳥先輩達とマハとの間ではっきりと明暗の分かれる話です。

地球の王として復活した広瀬くんを見た地球が感激しながらあれやこれやと思い返したりしていますが、ともあれここではこの台詞が重要となってきます。

 

第75話
「ああ…これで僕はやっと自分の上で生まれた生き物と対等に話せる。」
「…もうひとりじゃない」

 

これは実は1巻における大鳥先輩と重なる言動となっています。1巻の第2話でなぜ大鳥先輩は広瀬くんが仲間であることに涙を流してまで感動したのか、それは自らと対等の存在である「仲間」が隣にいる、ということの意味と価値を生まれて初めて知ったからなんですよね。ここでの地球の嬉しそうな表情はそれをなぞったものなのです。

一方の大鳥先輩ですが、こちらは広瀬くんとの繋がりが絶たれて不安そうな表情を見せています。ただ、広瀬くんの「繋がりが終わったってどこにだって駆けつけてやるぜ!」という言葉ですぐに元気を取り戻しています。実のところ、こうなること自体への準備を大鳥先輩はこの1年でずっと整えてきているんですよね。このブログでもその経緯はずっと書いてきたので詳細は各巻の感想記事に譲ります。とにかく、仲間や心臓というものに囚われることなく、広瀬岬一という一人の男の子と向き合う、そういうことを彼女にはとっくにできるようになっていたのです。

また、広瀬くんにとっても地球の王になったことは一つの到達点になっています。広瀬くんの場合、12巻のラストはともかくとしても最初から意図して地球の王になろうとしていたわけではありません。しかし1巻第3話で凪からもらったアドバイスが彼をここまで走らせ続けてきたのです。

 

1巻133P
「初めから結果なんて期待すんなよ、のんびりやろうぜ。」
「毎日続けてきたつまんねぇことにやっと結果がついてくる感じじゃねえのかな、世の中のたいていのことはそういうもんだろ。」

 

結果がどうなるか、未来がどうなるか分からなくても大鳥先輩のために、大鳥先輩の隣に立つために走り続ける。その結果として、彼は地球の王になったのです。

そんな大鳥先輩達は合流するや否や地球とリコも交えてあれやこれやと楽しそうに揉め始めます。一方のマハはその様子を愕然としながら孤独に見つめ自問するだけです。

 

第75話
「俺たちふたりでないと意味がないのだ…ふたりで…」

 

一見この台詞だけを読むと大鳥先輩達とマハとの間に然程差はないかのようにも見えますが、ここで先ほど一旦保留した「神」の話が繋がってきます。彼の言う「神」とは一切欠点のない完璧な存在のことで、それは彼自身を取り巻く(主観的な)世界全体をも含めて完璧でなければなりません。この思想は7巻における凪の回想に出てきた「パーフェクト・ワールド」に非常に近いものです。

問題は、「パーフェクト・ワールド」がすぐ破綻することを余儀なくされた瞬間的なものであったように、マハの「神」も長い時間の中の一瞬でしかないということです。事実マナを失ったことで彼を取り巻く世界は壊れ、彼は完璧ではなくなりました。その時間の流れを押しとどめるために新しい体を手に入れ、マナの似姿を作ろうと143人の少女(マーヤ達)を犠牲にしました。完璧な一瞬を保ち続けるためにマハは進んでいく歴史の流れを強制的に押しとどめ、その代償として様々な人々の命と運命を弄んだのです。

対して大鳥先輩達は、今ある世界が完璧でなくなったとしても自分達の未来を目指そうとしてきました。オルベリオはもうないと大鳥先輩が知ったときも、広瀬くんが目の前で凪を失ったときも、彼らは決して後ろを振り返ることはしませんでした。13巻からは大鳥先輩が地球侵略の目的をかなぐり捨ててでも告白をしようとしたり、広瀬くんが自分の命を擲って大鳥先輩を蘇らせたりしましたが、それでも過去のために未来へ進むことを止めたことは一度もありません(広瀬くんの死についても結局は大鳥先輩の未来を守るためでした)。自分を形作ってきた過去を活かすために未来を目指すという姿勢が彼らの再会を実現させたと言えるのです。

繰り返しになりますが、大鳥先輩達とマハが直近でとった行動には然程の差はありません。それぞれが互いの大事な人を蘇らせようとしただけです。そこに違いがあるとすれば上述した思想の差であり、まさにその思想の差こそが両者の明暗を分けたのです。
やがてマハはマーヤのナイフに負わされた傷から完璧な体を保てなくなり暴走していくのですが、これも彼が押しとどめた歴史の流れによる復讐だと言えるでしょう。歴史を繋いだ広瀬くんが46億年という歳月を力とした地球の王となったのに対し、マハは自分が葬ろうとした歴史によって滅ぼされようとしているのです。

・第76話『さよなら!』

アリーヴェデルチ な第76話です。暴走したマハが月を破壊し地球に迫る中、広瀬くんと大鳥先輩はマハを倒すために黒いもやの中へと飛び込んでいきます。

……実はここ、感想記事としては現状ピックアップして解説するべきポイントはそれほど多くないんですよね。ここまでの展開の終着点として広瀬くんがマハを倒す話なので、なるべくしてなるようになったお話になっています。その中で、幾つか気になる部分だけ簡単に押さえておきましょう。

まずは自身の空間の中で、己の最初の過ちを見定めようとするマハのシーンを見ていきます。

14巻に登場したマナの日記の内容(14巻27~28P)をここに持ってきていますね。マハは王として、オルベリオ人として他の下等生物の生殺与奪を握っていることに困惑したそうです。それを開き直って受け入れてしまったことが今の自分に繋がっているのではないか、マハはそう語ります。
こうしたマハの思想は、凪(ゾキ)の思想とも対比することができます。凪は自分の命すら思い通りにならない世界の中で最後の自由を得るためにもがき続ける存在であり、対するマハは自分は愚か他人の命さえも思うがままに操ることができてしまう存在です。凪は未来が失われていく中で少しでも自由を得るために、マハはかつてあった完璧な過去を取り戻すために、それぞれ一瞬を永遠のものにしようとしたわけです。

こうした対比を踏まえると、マハが完璧でなくなったきっかけは、あるいは他の存在と関わってしまったことなのかもしれません。自身が目指す完璧の範疇に他者を巻き込んでしまえば、それは他者を拘束し制御しようとすることに繋がります。自分のような完璧な存在に他者もなってほしい、その思いが彼の生き方を誤らせることになったのでしょう(余談ですが、これが凪の場合は自分のような未来のない人間に合わせて世界の未来も消えてしまえばいいのに、となります)。

そんなマハを、広瀬くんは大鳥先輩の手を借りて遂に打ち倒します。ここで二人一緒にではなく、あくまで広瀬くんがマハを倒す役割を背負っているのも大事なポイントです。13巻でマハのような肉体を手に入れなければと筋トレに励んでいたように、マハは最初から完璧な存在として未熟な広瀬くんの前に立ち塞がります。広瀬くんが完璧に届かないと分かっていても立ち向かうことを諦めなかったからこそ、完璧から零落したマハを広瀬くんは追い越すことができたのです。

・第77話『地球へ帰れ!』

さて、第77話ですが……個人的な感想を先に言わせて貰うのであれば、ここからぼっち侵略は多少作品としての方向性を変えたように思います。テーマが変わったというような話ではなく、ここまでの作品の作り方とは違う手法で作品のラストを飾ろうとしたように思えるのです。早速見ていきましょう。

マハを倒した二人は、アイラやリコの導きに従って地球に帰るべく、マハのエネルギーが破壊した空間の穴へと飛び込みます。そこで肉体や精神さえも分離して大鳥先輩と離ればなれになった岬一は、なんと死ぬ直前の凪に再会します。

正直に言ってこのシーンは心の底から驚かされました。というのも、ここまでの内容を読んで頂ければ分かるように、ぼっち侵略では凪が死んだ後も彼の存在や在り方を作中でしっかりと意識し続けてきたからです。時には広瀬くんの進む道を示した存在として、時にはゾキと共にマハと対比されるべき存在として、作品を読んでいく中で彼の影は常に作中にあったと言っても過言ではありません。だからこそ、ここでもう一度凪が出てくるという展開は全く予想できませんでした。

しかも、時間や空間をねじ曲げて精神だけでももう一度会いに行く、という展開です。元がSFですからこういう展開もありではありますが、これは明らかに凪と再会させるためだけにこのような状況を作り出しています。第77話は、このシーンのためだけに描かれたお話と言っても過言ではないでしょう。

これは何なのか。読み返しながら何度も考えてきましたが、これは作者の小川麻衣子先生から広瀬くんへの、ここまで頑張ってきたご褒美やサービスなのだろう、ということにしました。広瀬くんは凪の死を乗り越え、彼が生きた歴史を繋げることで地球の王になり、マハを倒しました。そこまで辿り着いた以上、広瀬くんが凪に再会しなければならない作劇上の理由は本来存在しません。それでも、小川先生は広瀬くんと凪を最後に再会させてあげたかったのでしょう。広瀬くんがどれだけ走っても辿り着けなかった凪の最期の瞬間と、凪がどれだけ望んでも見ることのできなかった広瀬くんの未来。一瞬の時間の中で、声も届かず現実かどうかも定かではありません。だからこそ成立する一回限りの奇跡の中に、小川先生は二人の最後の願いを込めたのかもしれません。少なくとも、その一回限りの奇跡の中で凪から未来を託されたからこそ、広瀬くんはこうして時間の監獄から抜け出せたのです。

・最終話『それから これから』

驚かされた、という話で言うならこちらも全く負けてはいません。いよいよ最終話です。

細かいところをアレコレ言えばキリのない話なので、ショート版である今回はやはり重要な部分に焦点を絞っていきたいと思います。で、どこが重要な部分なのかと言えばそれはただ一つ。

 

「大鳥先輩達が壊された港を閉じず、ゴズと同盟関係を築いた」

 

この一点でしょう。これにはもうひっくり返りました。具体的にどう驚いたのか、具体的に解説していきましょう。

そもそもぼっち侵略は、大鳥先輩がひとりぼっちの状態から脱するまでを丁寧に描いてきた漫画です。ここでいう「ひとりぼっち」とは、ただ単に仲間や友達がいないという状態ではありません。大鳥先輩はオルベリオという星で生まれながらも、地球侵略という使命を果たすために他人と接触することを一切赦されずに育ちました。そのため、彼女には他者や仲間といった自分以外の対等な存在に対する知識や経験が一切ないのです。そこに地球侵略という使命だけを与えられた大鳥先輩は、他者との関係の中で自分という存在を見極めることができません。その発想がありませんし、経験がないから能力もなかったのです。大雑把に要約してしまえば、彼女の「ひとりぼっち」とは物心がついたときから村八分にされたために自立できず自立する強さもない、といったような状態を指すものなのです。

そんな大鳥先輩が最終的に「人間になりたい!!!」と自らの望みを叫ぶことができるようになるまでに、ぼっち侵略は長い時間をかけてきました。そこで最も大きな役割を果たしたのは、言わずもがな広瀬くんです。彼が常に大鳥先輩を傍で支え、また大鳥先輩の目指す「人間」の指標となることで、彼女はここまで走って来られたのです。

ここで重要になってくるのは、広瀬くんは大鳥先輩の指標であると共に大鳥先輩を外部(ここでは宇宙人)から守る存在でもあったということです。例えば、もしも大鳥先輩が本来6巻で知るはずだった「オルベリオ星はもう存在しない」という真実をもっと早く知ってしまったとしたら、広瀬くんは彼女と再会する手がかりすら見つけられなかったでしょう。広瀬くんが大鳥先輩と共に過ごす時間を半年近く積み重ねてきたからこそ、彼は7巻で大鳥先輩と再会することができたのです。

ここでようやく港の話に戻ってきますが、ぼっち侵略においては港もまた広瀬くんと同様に大鳥先輩を外部から守る役割を果たしていました。これは勿論敵の侵攻のペースを一定に抑えるという作劇上のギミックとしての役割もありますが、作品のテーマを考えれば大鳥先輩が育ちきるまで彼女を支える揺り籠としての意味合いが大きかったのです。大鳥先輩が地球という閉じられた空間の中で広瀬くんの生き方を指標として生きていく、その道筋を担保する存在として港は機能していました

私自身一読者としてそうした港の設定に甘えていなかったと言えば嘘になりますが、ともあれ港は最後には閉じられて終わるものとばかり考えていました。12巻でも港を封鎖することを目的としていましたし、大鳥先輩が元の力を取り戻せばあるいはそれも可能であろうと予想していたからです。

そこをぼっち侵略は最後の最後でひっくり返してきました。港は開かれ、地球人は自分達より遙かに高度な文明に、密やかながら道を開き始めることになります。港の代わりに地球を守っているのは地球の王となった広瀬くんや大鳥先輩、それに同盟を結んだゴズとの繋がりです。港によって実現する閉じられた空間での安寧ではなく、人との繋がりによって保たれる開かれた平和をぼっち侵略は選択したのです。

あるいは近い将来、地球の文明はゴズとの交流の中で大きな変化を迫られることになるかもしれません。それはオルベリオが辿った結末とも一部重なるものがあります。一度宇宙人との交流の中で新しい文化を取り入れてしまえば、もう元には戻ってこられないからです。地球は大鳥先輩を守る揺り籠としての役割を、港の破壊によって失ったのです。

では、それが果たして悪いことなのかと言えば、私は寧ろ土壇場で良い方向へ転じたと考えていますまず第一に、鳥先輩は既に自分の答えを出して自立することができました。心臓という繋がりを失っても広瀬くんと共にいることを選択できたように、地球が外部の文明と接触して変貌していくとしても大鳥先輩は地球で生きることを自ら選択し続けるでしょう。

第二に、港を再封鎖するということは、それはそれである種の問題を抱えています確かに港は大鳥先輩と彼女が望んだ生活を守るものでもありますが、同時に大鳥先輩が手に入れた自由をまた閉じてしまうものでもあるからです。それは閉ざされた村の中での平和であり、外の世界からやって来たとは言え、外を見なければここは一番良い世界なのだ、といった結論に限りなく近いものになってしまいます。港を開いたからこそ、大鳥先輩が自立して自ら選択する自由を得た事実をより強調することができるようになったのです。

とは言え、こうなった展開自体は突然の変更と言って差し支えないものでした。14巻から登場していた点ちゃんをギミックとしてゴズとの同盟を果たしていますが、一体いつ頃からこの終わり方を考えていたのかはさっぱり検討がつきません。先ほど12巻ではまだ封鎖する方針だったと書きましたが、その12巻の181Pでは広瀬くんが地球の王になって星団連と交渉するという今回のラストにかなり近い構想を描いていたりします。まぁこんなことをあれこれ考えても詮無きことなのですが、あるいは大分前からこの結末へと少しずつ方向転換する準備自体は小川先生の中で固めていたのかもしれません。

ぼっち侵略のラストは、大鳥先輩が広瀬くんと手を繋ぎ自らの新居へ向かう場面で終わっています。その新居は、旧居のバスの上から更に別のバスをくっつけたかのような外観です(二階建てのバス自体は幾つかありますし、こちらのバスも元の車があるのかどうか現在確認中です)。大鳥先輩が自分の乗ってきた宇宙船をどうやってバスに変えたのかは結局謎のままですが、最終話における本人の「イメージも固まってきたし」といった発言を読む限りでは、新居はオルベリオの魔法で作ったものだと考えられます。新居がそうである以上は、旧居も同様の方法でバスになったのでしょう。13巻76Pでアイラがそれを「ゆりかご」と呼んだように、大鳥先輩のイメージの具現化である旧居は、いわば小さな港のような存在でした。

レトロバスだった旧居が二階部分を増やしたより大きいバスへと変化したというのは、文字通り大鳥先輩のイメージする世界が広がったことを意味します。大鳥先輩の世界観の拡張を意味する新居のデザイン、そしてそこへ広瀬くんと二人で向かう大鳥先輩という構図こそ、『ひとりぼっちの地球侵略』という作品が6年半の連載の末に辿り着いた、最後の答えだったのでしょう

・最後に

以上で、ぼっち侵略第73話~最終話のショート版まとめは終了となります。色々と言及していない部分が目立っていますが、繰り返すとおりこれはショート版です。15巻発売時にはこれに加筆修正をおこなった正式版を別に執筆する予定ですのでご安心ください。そもそも小川先生の今までの連載でも最終話近辺は恐らく加筆修正が入っていますから、それに合わせてこちらも15巻を改めて読み直す必要が出てくるでしょう。それまでの残り一ヶ月を、この記事を読んでお待ち頂ければ幸いです。

ではでは。