ぼっちQ&A!~小川麻衣子作品感想ブログ~

『ひとりぼっちの地球侵略』や『魚の見る夢』等、漫画家の小川麻衣子先生の作品について感想を綴ったブログです。

ひとりぼっちの地球侵略12巻についてざっくりまとめてみた【前編】

※注意!

本記事には5月12日発売の『ひとりぼっちの地球侵略』12巻に関するネタバレが存在します。

こんにちは、さいむです。

今回は5月12日に発売された『ひとりぼっちの地球侵略』12巻の内容をざっくりまとめて語ってみたいと思います。よろしくお願いします。

なお、ざっくりまとめようとしたものの少し長くなってしまったので、今回は【前編】と【後編】の2本立てになりました。ご了承ください。

【ゾキとの決着】

ぼっち侵略12巻は、第56~58話までのゾキとの最終決戦、第59~60話からの新学期と新展開の話に大きく分かれています。まず本記事では、前半の第56~57話、ゾキとの決着の模様を見ていきたいと思います。

①ゾキ、力への信奉

 まずは第56話『戮力同心!!』から見ていきましょう。こちらは11巻のラストで岬一がゾキを殴り飛ばした直後のお話となっています。

(11巻についてはこちらをどうぞ)

thursdayman.hatenablog.com

前回、岬一に殴り飛ばされたにもかかわらず、ゾキにさほどダメージは入っていません。すぐに戦いは再開されますが、岬一は正気に戻って力を抑えて戦うようになり、ゾキもそれを押し切れない膠着状態に入ります。

こうなると、一見前回のラストはあまり意味の無い一撃に見えますが、重要なのはダメージではありません。まず大事なのは、岬一がゾキを本気で倒す決心を固めたということです。前回、ゾキは「お前はなんだ!?」という問いに答えることができませんでした。ここで「凪だ!」と返すことができればまだ岬一は戸惑ったのかもしれません。しかし、返答できなかった以上、岬一にとって今のゾキを凪と断定できる要因はありません。あの一撃は岬一は遂にゾキを倒すという決意を確固たるものとした、という意味において大きな意味があったのです(詳しくは先ほどリンクを貼った11巻のざっくりまとめを参照してください)。12巻の5Pでは、ゾキが被っていた帽子が地面に落ちていました。11巻では、この帽子を外すことでゾキは凪に体の主導権を渡し、また被り直すことで主導権を取り戻していました。その帽子がゾキの手を離れたということは、すなわち、ゾキが岬一に対して行っていた凪を人質にとっての揺さぶりがもう効かなくなり、ゾキもゾキ自身として岬一と向き合うことを決めた意味もあったのです。

もう一つ大事なポイントがあります。それは、岬一が力に呑まれることなく、正気でゾキと正対できるようになったことです。これは、ゾキの在り方にもその要因があります。ゾキは兄を、オルベリオの呪いを超えるため、純粋な力を信奉している存在です。12巻でもその一端が垣間見えます。

「さっきのお前の方がよかったよ…正気をすべてなくして、ただの力の塊で、純粋だった…」【12巻16ページ】

(大鳥先輩に変身したリコに向けて)「そういえば初対面だったな。(中略)あんなに強かったのに…赤の他人に力を渡したばっかりに…いまじゃマーヤごときに苦戦する始末だ。」【同25~26ページ】

これに対し、「祖父の喫茶店を継ぎたい」という夢を持って生きてきた岬一は、そういった強大な力を心の底では欲していません。ここでゾキへの怒りで我を忘れてしまうことは、なんであれゾキの望む展開、価値観に岬一が呑まれてしまうことを意味します。だからこそ、ここで岬一が正気に戻り、自分で力を御そうとし始めたことは大きな意味を持つのです。

さて、そんな膠着状態を崩すべく、ゾキはアイラの乗っているビシャホラを攻撃し、岬一を再び激昂させようと試みます。ゾキは正気を失って暴走した岬一ならばまだ1対1で勝てると考えていたようです(でも11巻の時点で割と勝てなさそうでしたよね…)。

そこに大鳥先輩に変身したリコが合流。間一髪でアイラを救い、ゾキを攪乱します。更に片腕を失った大鳥先輩も、遠距離からの投擲でゾキの注意を引きつけつつ岬一の元に到着。岬一くんの陣営が一挙に集合します。

元々アイラが岬一の近くにいたのも、岬一がゾキを殴った場面を目撃したことで、その決着を見届けようと決心したからでした。前回で岬一が固めた決心の元、ゾキとの攻防は一気に最終局面へと移っていったのです。

②「あなたが考えていることを考える」ということ。

岬一の元へ駆けつけた大鳥先輩は、マーヤに切断された右腕を見られないよう後ろで羽交い絞めしながら、岬一にこう告げます。

「私は広瀬くんのことだけ考えてる。」【12巻30P】

大変重要な台詞です。正直12巻中一番心が躍った場面でしょう。いや本当、これを見届けるために1巻から読んでいたようなものだ……!

……と、私一人で盛り上がってもしょうがないので解説しましょう。

元々1巻から、大鳥先輩にとって常に問題とされてきたのは「誰かを大切に思う気持ちを知り、その上で地球で岬一達と共に生きていけるかどうか」でした。オルベリオ人としての使命を果たす、という決意だけしか持っていなかった大鳥先輩は、地球で味わう様々な体験を経て少しずつ成長してきました。その最終到達点とも言えるのが、この台詞なのです。

その成長の変遷を長々と語ることがこのざっくりまとめの主旨ではないので、ここでは既刊から2点、この台詞と特に比較できる場面を挙げていきましょう。

まずは1巻の第1~2話です。こちらは先ほどのシーンの続きで大鳥先輩が実際にそう発言しています。

「だからわかるよ、またなんでしょ。自分だけじゃ太刀打ちできないものを相手に…家族を助けたいと思ってる。もう一度私にお願いして!1年前再会したあの日みたいに!」

「一緒に…! 凪を助けてくれ…」【同30~32P】

1巻では大鳥先輩が戦い傷つく様子を、岬一はただ遠巻きで眺めるだけでした。ですが今は、大鳥先輩のためにできることをしようと走り続け、その結果として遂に二人で一緒にゾキに立ち向かうことができるようになったのです。

また、この場面と比較できるシーンがもう一つあります。それは7巻第31話『私の名前は』における岬一と大鳥先輩のやり取りです。

「私だったら、って…私は広瀬くんじゃないよ。」

「ん?」

「広瀬くんはあなたでしょ。」

「そ、そうだな…」

「だ、だから一生懸命考えたんだろ…」

「何を? 何を考えたの?」【7巻47~48P】

7巻は、大鳥先輩が地球を自身の新しい故郷として生きていきたい、という望みを持つことができたお話でもあります。その一方で、大鳥先輩は他者と正面から接した経験がほとんどないため、「相手の考えていることや気持ちを想像・推測し、それに見合った対応をする」ということがあまりできていませんでした。8巻から11巻はそうした大鳥先輩が「相手のことを考えて行動する」ことができるようになるまでのお話でもあったのです。

そして今回、大鳥先輩は岬一のことを考え続け、遂にその想いを理解し、そこに自ら手を差し伸べることができたのです。12巻のこの台詞は、岬一の祖父を本気で案じる様子にも、秘密基地へ辿り着くために必死で考えていた焦燥の様子にも考えを巡らせることができなかった大鳥先輩が、ゾキとの最終決戦の中でようやく辿り着いた到達点だったのです。

③繋がりの中で、切断の中で。

岬一は大鳥先輩とリコの力を借りることで、心臓の力を最大限発揮しようとします。ゾキもこれに対応しようとしますが、アイラがゴズの兵士を操ることで妨害。その隙をついて、岬一は心臓の力をゾキにぶつけます。

ここで、岬一とゾキ、お互いが衝突の刹那に垣間見たものが、二人の決着を考える上で重要になります。

まず、岬一は力を開放する瞬間、10年前の大鳥先輩の後姿をそこに見ていました。ここは4巻の解説が必要になる場面ですので、少しそちらの説明をしていきます。

4巻では、岬一は大鳥先輩初めて出会いながらも、最後の最後で仲間になることができませんでした。「仲間は名前で呼び合うんだよ」と大鳥先輩に告げた岬一は、しかし彼女の地球での新しい名前を聞く前に心臓を撃ち抜かれてしまうのです。結局岬一はアイラのおばあちゃんの鏡を見るまでそのことを思い出せず、大鳥先輩も情報としてでしかその経緯を知ることは出来ませんでした。7巻で大鳥先輩が頼った、10年前から続いている心臓の繋がりでさえ、8巻でマーヤの夢を通し否定されています(詳しくは以下の記事を参照)。

thursdayman.hatenablog.com

では、10年前の全ては今と断絶し、もう何も繋がってはいないのでしょうか。そうではない、というのが、岬一の手にした答えなのです。「祖父の喫茶店を継ぐ」という夢を自身の軸としている岬一だからこそ、強大な力に振り回されるのでなく、大鳥先輩と、リコと、アイラと、そして10年前の大鳥先輩の姿さえも繋げることで、遂にゾキを打ち倒したのです。

一方、ゾキが膨大な熱量に晒されながらその目に焼きつけたのは、今は亡き兄の姿でした。ゾキが舞台の袖幕で立ちすくむ中、自身は檀上に上がるゾキの兄。その兄に向けて、ゾキは言い放ちます。

「死んだ人間はおとなしくくたばってろ! 俺はお前のところには行かない…俺はお前の…影じゃねえんだよ…!!!」【12巻53P】

結局、これが本編中におけるゾキの最期の台詞となるわけですが、ゾキは岬一と違い、兄との繋がりを否定しようとします。これが岬一との最大の違いなのです。10年前の大鳥先輩は、今の大鳥先輩が記憶を引き継いでいないという意味で、今の大鳥先輩とは別の故人であると考えることもできます。そうした二人の今は亡き存在を岬一とゾキが見たとき、それを自身に繋げたのが岬一で、否定したのがゾキなのです。

ゾキはゴズの兵士やマーヤを用いて大鳥先輩達を攪乱しましたが、最終的に用済みになると兵士たちもマーヤも切り捨ててしまいました。しかし、アイラはその切り捨てられた兵士を使ってゾキの妨害を行い、それがゾキが打ち倒される決定打ともなりました。力を求めるために繋がりを断ち、繋がりを断つために力を求めたゾキを、繋がることで得た力を用いて岬一が破る。ゾキと岬一の決着は単なる力による圧倒ではなく、岬一という人間の考えが、ゾキの思想を打ち破った瞬間でもあったのです。

④凪とマーヤ

さて、恐らく12巻を読まれた方々が一番驚かれたであろう、凪とマーヤの最期のシーンに入りましょう。最初に、そもそもゾキとマーヤとは結局なんだったのか、という話からしていきます。

大鳥先輩は当初、「正負両方の側面を持ち合わせたキャラクター」として設定されていました。3巻でアイラが大鳥先輩の心の中を覗き見たとき、彼女はこのような感想を残しています。

「あいつの心の中は月も星も出ていない、夜の砂漠のような暗澹たる闇。迂闊に覗くと私の方が呑まれてしまいそう。」【3巻29P】

12巻の大鳥先輩の様子を見ていると想像もつきませんが、3巻当時の大鳥先輩にはこうした負の側面を思わせる描写が幾つか存在しました。これらの側面は10年前の出来事、つまり10年前の大鳥先輩が死んで以降は鳴りを潜めていきました。負の側面を強く押し出した幼い頃の大鳥先輩を出すことによって、現在の大鳥先輩が相対的に正の側面が強くなったのです。

その代わり、5巻から大鳥先輩の負の側面を肩代わりする存在が現れます。それがマーヤです。マーヤは元来、大鳥先輩が併せ持っていた負の側面を受け持つためのキャラクターとして設定されたのです。それは、大鳥先輩を生み出すための踏み台として作りだされた、という設定からも窺い知ることができます。

次に凪の場合ですが、彼は2巻当初から大鳥先輩と岬一の邪魔をするためのキャラクターとして設定されていました。家族の一員である凪が大鳥先輩の前に立ちふさがった場合、岬一は「家族を守る」という自分の望みと大鳥先輩の「地球侵略をする」という望みに板挟みにされてしまうからです。そうした展開がハッキリと現れることはありませんでしたが、更に7巻で凪は10年前の出来事について、「パーフェクト・ワールド」という言葉を中心とした思い出を有していました。彼は自分が病気で助からないと知り、岬一と最後まで一緒にいるために、二人で死のうとしたのです。過去の出来事を通して何らかの側面が見えてくる、という構図は大鳥先輩のそれと似ていますが、凪の場合はここに正負両方の側面を見ることができます。彼はどのような形であれ、岬一と一緒にいたいという思いを持っていました。その一方で、自分はもう助からないのだから岬一も一緒に死ねばいい、という気持ちも抱いていました。このように当時の凪は、

・どうせ死んでしまうなら誰かと最期まで一緒にいたい(正)

・自分が手に入らないものを他人が持っていることが許せない(負)

という二つの思いを持っていたことになります。

さて、この後、8巻で凪の中に何者か(ゾキ)がいることが確認されるわけですが、ここで凪は大鳥先輩と岬一が二人でいるところに他の全員を集めています。この様子からは、岬一が大鳥先輩の仲間になっていることを快く思わない、7巻までの様子が見えてきません。ゾキの活動に関する描写がはじめてなされるのはこの直後です。

つまり、ここで凪の負の側面がゾキへ譲渡されているのです。ゾキの目的は、当初は兄を超えること、そして最終的には自分がオルベリオの力を手にすることでした。自分が手に入らないものによって圧迫されてきた恨みを軸に、ゾキは自分以外の一切を切り捨てながら、純粋で強大な力を求めて戦い続けます。これが凪から取り外された負の側面であり、ゾキというキャラクターの本質だったのです。

そんなゾキは岬一の心臓の力の直撃を受け、凪だけを守って自身は消滅します。ゾキは凪の負の側面を受け持ったキャラクターでしたが、一方で兄弟への思いという点においては凪と通じるものもありました。それが凪を生かすという答えに繋がったのでしょう。凪も自身と一体であったゾキに共感してしまった以上、ゾキの罪を彼だけのものにしようとしたくはなかったのかもしれません。そうして凪は、暴走するゴズの兵士を止めるため、その攻撃の矛先を自身へと向けさせます。

ここで、なぜ死んだマーヤと一緒に彼は逝ったのか、ということが、凪に関する最後の問いになります。11巻で「何一つ俺のものにはならなかった」と話す凪にとって、最後に自由にできるのは自分の命であり、死に方でした。10年前は他人を道連れにしようとした彼ですが、今回は別の選択肢を見出すことができました。それがマーヤなのです。

マーヤは最後まで大鳥先輩への憎しみを捨てることができませんでしたが(これは大鳥先輩の負の側面を請け負った結果と考えられます)、一方で凪という仲間と一緒にいたかった、というある種大鳥先輩と似た思いも抱いていました(この点も凪とゾキの関係と共通しています)。一人で死んでいくことの寂しさを、凪はよく知っています。誰かと一緒に居たかったマーヤのために、マーヤが一人で死んでいかないために、凪はマーヤと共に死ぬことを選択します。それは、彼に唯一残された自由を、彼が自分ではなく他人のために使った瞬間でもあったのです。長く生きられないのなら、死ぬまで誰かと一緒にいたい。その願いを、凪はマーヤのために取った行動を通して、最終的に叶えることになりました。それこそが、7巻で彼が望んだ「パーフェクト・ワールド」だったのです。

「兄弟喧嘩なんてさ…下らないよ痛いばっかりだし…だって本気でやっちゃうだろ?」

「やっぱ兄弟だからさ……なぁ、」【12巻73P】

凪の最後の一言は、この戦いの全てを象徴したような台詞でした。凪もゾキもマーヤも、兄弟姉妹の関係の中で、最後の最後まで抗い続けた人々だったのです。

⑤忘れないこと、生きていくこと

戦いが終わり、街の傷跡も残る中、凪の葬式が執り行われることに。しかし、そこに岬一の姿がありません。大鳥先輩がスンスンと匂い(匂い!)を頼りに岬一の元に辿り着くと、彼はゆっくりと語りだします。

「ここは昔凪とよく遊んだ場所なんだ。めったに人が入ってこなくて…でも先輩には俺の居場所は丸わかりなんだったな。俺にはそんな力…ないよ。」【12巻94P】

大鳥先輩が匂いで岬一の元まで辿り着いたのは実は8巻162Pで岬一の匂いを大鳥先輩が嗅いだシーンが繋がっているのですが、それはそれとして。岬一は大鳥先輩と自分の違いについて話します。この辺り、11巻で大鳥先輩がマーヤに話した兄弟への嫉妬と対になっています。

その後、岬一は守れなかったもの、失われてしまったものについてゆっくりと語り出します。自分が手にした力が何の役に立ったというのか。街も、人々も、大鳥先輩も守り切れなかったというのに。自分と凪の何が違ったというのか。何も得られず、ただ死ぬために生きてきたような凪の人生に何の意味があったというのか。

それに対する大鳥先輩の答えが、これです。

「意味とかは…別にないんじゃないかな…」【同100P】

大鳥先輩は、かつてオルベリオのために生きようとして失敗し、最後はその記憶さえも含めて心臓を除いた全てを一度失いました。実は大鳥先輩こそ、生まれてきた意味を一度失っている人間なのです。そこにもう一度生きる意味を与えてくれたのは、他人である岬一でした。だからこそ、大鳥先輩は岬一に前を向いて生きて欲しいというのです。明日を生きる人間こそが、過去と今を繋げ、そこに新たに意味を与えていく。岬一が、もう失われてしまったはずの10年前の大鳥先輩を、ゾキを倒す瞬間に垣間見たように。

凪が最後に手にした自由。爪の甘い岬一のために、街の人々のために、一人で死んでいったマーヤのために、彼が選んだ死に方。10年前の出来事と同様、それを正確に語れる人はどこにもいません。それでも岬一は、この先凪が走り抜けた人生に意味を与えることができるのでしょうか。それは、彼のこれからにこそ、かかっているのでしょう。

「先輩 俺…凪のこと好きだったんだよ。大好きだったんだ。」

「…………うん。」【12巻105~106P】

 

【前編】はここまでになります。第59~話60話については、また【後編】で取り扱いたいと思います。お楽しみに。ではでは。

 

 P.S.

ぼっち侵略12巻ざっくりまとめ後編、完成しました。下記のリンクからどうぞ。

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