ぼっちQ&A!~小川麻衣子作品感想ブログ~

『ひとりぼっちの地球侵略』や『魚の見る夢』等、漫画家の小川麻衣子先生の作品について感想を綴ったブログです。

ひとりぼっちの地球侵略15巻をざっくりまとめてみた。

こんにちは、さいむです。

今回は、2018年11月12日に完結した『ひとりぼっちの地球侵略』最終15巻の内容をざっくりまとめていきたいと思います。

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6年半に渡る連載もついにこれがラストということで、ざっくりまとめも恐らく過去最長の長さになると思われますが、のんびりお付き合いいただければ幸いです。

 

内容に入る前に~各種設定の整理~

さて、本来ならいつも通り各話の読解に入るところですが、今回はその前に15巻から得られた情報を元にぼっち侵略全体の設定の整理を先に行ってしまいたいと思います。幾つか各話読解の先取りをしてしまうことにもなりますが、今回はこれが分かっているのとそうでないのとで内容の理解度が変わってくるので、サボらずやっておきたいと思います。ではまずこちらから。

・ぼっち侵略での地球・宇宙は私たちの知る地球とは違う歴史を辿っている。

ぼっち侵略において、地球や宇宙の歴史は私たちの知るそれとは異なっています。注目して欲しいのは、15巻60Pに描かれている約4億年前の地球の姿です。謎の生物が空を飛んでいます。地球における最古の飛翔昆虫の化石は約3億年前と言われていますから、それより1億年も前にこれだけ発達した生物が空を飛んでいるとは考えにくいのです。このことから、ぼっち侵略の地球は作品独自の歴史を辿っていることが分かるわけです。一応本来の地球とほぼ変わらない年表ではあるようですが、少なくとも生態系の部分ではぼっち侵略の地球オリジナルの部分が存在している筈です。トトの存在を元に地球自身が地球人を創造したという話を採用するのであれば、それに応じて地球の歴史もフィクションとして脚色する必要があったのでしょう。これに伴う形で、178Pでは月もトトとの遭遇後に「ほしのきおく」として創られたことになっています。

ここで注意して欲しいのは、ここで描かれている風景は60Pに書いてある6億年前の風景ではないということです。7巻89Pを読み返すと、確かにトトが地球に来たのは4億年前と書いてあったりします。トトに会うまでの地球が捻くれていた例として6億年前の話を持ち出したのであって、ここの風景はあくまでも4億年前のものなのです。13巻27Pでアイラのおばあちゃんも「4億年の友情」って言ってますし。

ちなみに、この7巻にはぼっち侵略における地球や宇宙の歴史がフィクションとして脚色される兆候もありました。オルベリオが生まれた年は約135億年前であるとアイラのおばあちゃんが73Pで言及していますが、この135億年前というのは宇宙がビッグバンで生まれた頃と言われています。つまりオルベリオとエラメアは宇宙誕生と同時に生まれた最も古い二重星ということなるわけですが、この辺りも小川麻衣子先生がぼっち侵略における宇宙の歴史を色々考えていた名残と言えるでしょう。

・オルベリオとエラメアの力は元を辿れば同種のものであり、それは宇宙の誕生とも繋がった「時間と空間を創り出す力」である。そして、その力は地球をはじめとする他の星々にも備わっている。

これは既刊の内容を少しずつかき集めて至った結論なので、少し長めに解説します。大鳥先輩が扱うオルベリオの魔法は、言葉にしたことが現実になるものとしてぼっち侵略の初期から用いられていました。10年前の出来事を改竄し、人々の記憶を書き換え、あるいは自分の着ている服をはじめとする現実の物体をも操作・創造する力……まさに魔法です。一方でエラメアの眼の力も凄まじく、遠く離れた場所や人の心、未来の過去の刻の流れをも見通すことができます。

この二つの力は、とある宙域で生まれた特別な力であると7巻142Pでマーヤが解説しています。その宙域で生まれた生物は大なり小なり何らかの力を持つとマーヤは説明していますが、オルベリオとエラメアは近い場所に位置する二重星であったため、恐らくはその宙域の中心部か何処かに近い位置で強力な力を共に得られたのでしょう。

では、この宙域とは一体何なのか。そのヒントは、オルベリオとエラメアが宇宙で最も古い星の一つであること、そしてオルベリオが生まれた135億年前という数字にあります。繰り返しになりますが、これは宇宙がビッグバンで生まれた年と言われています。宇宙が誕生したのとほぼ同時に生まれた星の生物が、ある宙域で特別な力を授かる……。この設定を踏まえた上で、14巻95Pのトトの台詞を確認してみましょう。

「重力とはすなわち宇宙創造の力。無から時間と空間を創り出す。我がオルベリオの子孫に託された力の一つなのだ。」

ここでいう重力とは広瀬くんが用いている大鳥先輩の心臓の力を指します。つまり、オルベリオの力はとは宇宙創造、ビッグバンに繋がるものなのです。宇宙の誕生にはまだ分かっていないことが多いのですが、宇宙の時間があと50億年で尽きるのではないかという話もありますし、ぼっち侵略では宇宙の誕生によって時間と空間が創造されたことになっている筈です。私もそこまで宇宙に詳しくないのでやや雑な仮説になりますが、恐らくオルベリオとエラメアが誕生した宙域は、かつてビッグバンが発生した場所、宇宙の中心に当たる場所だったのでしょう。そこで誕生した星だからこそ、オルベリオは宇宙が誕生したときのように時間と空間を生み出す力を、そして遅れて生まれたエラメアはそれらを観測する眼を手に入れたのです。11巻166Pでゾキが広瀬くんの心臓について「まるで小さな宇宙のようじゃないか?」と評していたのはこれを指していたのでしょう。オルベリオ人が使う魔法とは、あくまでその力の一部に過ぎないのです。

では、そんな強力な力を持っていながら、なぜトトが地球から力を分け与えて貰ったでしょうか。ここで重要になるのが「ほしのきおく」です。「ほしのきおく」は10年前に大鳥先輩が港を開くために用い、13巻では「地球の記憶が具現化したもの」と暁行が説明していました。この記憶の具現化という現象は、オルベリオの力と非常によく似ています。なぜオルベリオ(宇宙の中心)から遠く離れて居るであろう地球においてそのような現象が起こるのでしょうか。

そもそも、ぼっち侵略では地球も一生命として意思があるという、所謂ガイア説を採用しています。ガイア説を元に物語を展開する作品は他にも幾つかありますが、ぼっち侵略でもガイア説はかなり重要になってきます。というのも、地球を一つの生命体(地球自身が命の形はさまざまと言っていますから生命なのでしょう)として考えた場合、それは他の生物よりも圧倒的に巨大で、永い時間を生きているからです。これまた乱暴な仮説になりますが、地球をはじめとする幾つかの星は、オルベリオの生物と同様に宇宙の創造に連なる非常に強い力を手にしているようなのです。宇宙の中心部でないのにそうした力が使えるのは、恐らく生命体としての巨大さ故でしょう。その力の強さは、15巻ラストで広瀬くんと地球が協力して月を創造したところからも窺い知ることが出来ます。幾つかの描写から考えるに、あるいは地球がトトの似姿として地球人を生み出したのも同様の力を行使した結果かもしれません。トトはその巨大な力を借り受けることで、オルベリオ帝国を築き上げたのです。

 

「ほしのきおく」は、10年前に大鳥先輩が港を開く際にも使われていました。「ほしのきおく」そのものが地球から月の遺跡にいるトト(の記憶)へとメッセージだったわけですから、それと共に自身のメッセージも送る形で大鳥先輩はオルベリオ直系の秘術を発動させたのでしょう。他の「ほしのきおく」をどのように送ってきたのかは不明ですが……港が松横市周辺の土地を出入り口としていたことを踏まえると(4巻参照)、恐らくは暁行の先祖が月へと送る役割を担っていたかもしれません。

 

それでは以上の設定を念頭に置いた上で 、いよいよ各話の内容をまとめていきましょう。

・第73話『犠牲』

まず最初に、第73話から見ていきましょう。サブタイトルにもある通り、他の誰かのために犠牲になるという行為に焦点を当てた話となっています。

ここで犠牲になった人物は、主にマナと広瀬くんの二人だと考えられるでしょう。マナはマハの凶行を止めるために、広瀬くんはマナと共に死んでしまった大鳥先輩を助けるために、それぞれ己の命を投げ出してしまいます。

ここで二人の行動を読み解くために重要になってくるのが、実は12巻における凪の行動です。14巻でも広瀬くんが地球の王となる際に夢で凪の面影を思い出す等、凪の存在は未だに大きいものがあります。その中でも、15巻掲載分の内容では特に凪の存在感が強いです。

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上記のリンクの内容の通り、凪の最期については、「ゴズ星系の宇宙人による被害をこれ以上増やさないため(ゾキの罪を自分も背負うため)」「先に逝ってしまったマーヤを一人にしないため(もう先のない自分の命を誰かのために使うため)」という二つの側面があります。これを踏まえて第73話を読み返すと、マナと広瀬くんの犠牲は凪の犠牲が持つ二つの側面を継いだものであることが分かります。

まずマナですが、彼女はマハによる凶行を止めるために自分の命を擲ちました。これは凪がゴズ星系の宇宙人の被害を止めるために自分の命を絶ったことと重なるようになっています。

注目すべきポイントとして、凪がゾキと自身の境遇を重ね合わせたことでゾキの罪をも背負ったように、マナもまたマハの凶行を一緒に背負おうために心中を図ろうとしています。ただし、同じ「罪を背負う」行動でもここには微妙な差異が存在します。凪の場合は彼自身の存在を消し去ることがゴズ軍団の暴走を止める手早い方法だったという都合に、ゾキの罪も背負う意味合いも重ね合わせています。

一方でマナの場合、ただマハを毒殺するのであれば自身も毒を吞む必要は無く、ここが凪のそれとは微妙に異なっています。マナがそうした理由は、マハが罪を背負って死ぬとしても彼を一人にはさせないためであり、この部分は凪がマーヤを一人にしないために自ら命を絶った部分とも実は少し重なっているのです。

 

12巻70~71P
「俺、これからだいぶ暇になるんだけど…一緒にいてやろうか?」
「ちょうど俺も寂しいところだったんだ…」

 

15巻9P
「長い間あなたを一人にさせすぎた…」
「地獄に行くなら付き合ってあげると思ったのに…あなたも本当の体じゃなかった…」

 

ここでマハが死ぬことができなかったことは明白にマハの罰として描かれていますが、マハが受けた罰については後々細かく解説するので一旦保留します。

次に広瀬くんの犠牲についてですが、こちらは凪がマーヤと一緒にいるために死を選ぶまでの言動を明確になぞっています。広瀬くんが大鳥先輩を背負って移動し(12巻69P)、地球とリコが止めようと走るも間に合わず(12巻72P)、最終的には大鳥先輩に心臓を返して死んでしまいます。

ここで広瀬くんが発言している「今なら先輩の気持ちが痛いほどわかる。俺達は瞬間で生きてるんだ。」という台詞は、13巻102~103Pを中心とした大鳥先輩の告白に対するものでしょう。

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13巻での大鳥先輩は告白に際し、「広瀬くんがいればそれでいいの、それ以外に欲しいものなんてなんにもない!」と、遠回しながら地球侵略を蔑ろにしてでも広瀬くんと一緒にいたいという想いを伝えているのです。

(略)

13巻のざっくりまとめ当時は、この大鳥先輩の言動について、地球やマハによって大鳥先輩が元の約束を守るのか広瀬くんと共にいることを優先するのか、という二択に追い込まれている、という主旨の解説をしました。ただ、ここはもっと前向きな捉え方をすれば、1巻から続いてきた地球侵略や仲間といった御題目を取っ払って、大鳥先輩がゆっくりと育んできた広瀬くんへの想いをそのままに伝えられたシーンでもあります。第71話でもマナに言われたとおり、広瀬くんが大鳥先輩の告白にきちんと応えようというのであれば、この地球を手放してでも大鳥先輩を返して欲しい、という願いは大鳥先輩の告白としっかり釣り合う想いとして成立していると言えるでしょう。

ここで解説しているとおり、大鳥先輩は13巻で二人で地球侵略をするという約束を半ば反故にしてでも自分の想いを広瀬くんに伝えようとしており、広瀬くんもそれに応えるように14巻でも地球と引き換えに大鳥先輩を救いたい、という旨の発言をしています。

 

14巻175P
「地球が欲しいならくれてやるから…その代わりに大鳥先輩返してくれ。」

 

第73話での広瀬くんの台詞はこれに連なるもので、彼は最終的に大鳥先輩がかつて救ってくれた自分の命までも返してしまうことで大鳥先輩を生き返らせようとしたのです。

・第74話『決意の人』

続いて第48話です。地球のどこか空々しい決意の言葉が響き渡る傍でちゃっかり生き返っている大鳥先輩ですが、広瀬くんが自分を生き返らせてくれたことを知ると彼にそっとキスをします。ここのキスシーンは、その源流を辿ると2巻128~130Pまで行き着きます。「仲間」という抽象的な概念から「広瀬くん」という個人の存在をようやく抽出して認識できるようになった(ことと引き換えに広瀬くんが死んでしまった)大鳥先輩が、死んでしまった広瀬くん(仲間)に対してできる唯一の行動としてキスをするシーンです。

この後大鳥先輩は、広瀬くんの心臓の存在を思い出して彼がまだ生きていることを遅れて確認するのですが、第74話ではその心臓を自分のために返してくれた広瀬くんへの返事、お礼としてのキスとなっています。言葉こそ交わされていませんが、二人の好意を互いがよく理解して行動し、それが繋がることはなくとも互いに時間差で届いている、胸が熱くなる演出になっています。

余談ですが、ここで4巻の回想をはっきり描いている辺り、ぼっち侵略もだいぶ分かりやすく説明するようになったなぁと思っています。こうした過去からの連続性については本当に分かりにくく描いてばかりの作品だったので……。

さて、復活した大鳥先輩はマハと対面し、俺と共に神として生きろ、というマハの誘いを拒否します。ここでマハが言っている「神」という言葉は、勿論自分達が絶対的な存在であることをそのまま意味してもいると同時に、マハ自身がかつて彼にとって完璧な時間(マハと一緒に暮らしていた頃)の中で生きていたことも指しています。その完璧な時間を取り戻すことこそがマハの目的であり、そのために彼は「宇宙を一から始める」ことを目指していました。先の設定の整理を踏まえると、今の彼らにならそれも不可能ではないことが分かるでしょう。全てを思い通りに創造する力、それは未来へと向かう流れを押しとどめることも可能にするかもしれません。文字通り神の力です。

それでも大鳥先輩はそれを拒み、叫びます。

 

15巻44P
「私は…人間になりたい!!!」

 

大鳥先輩から、遂に人間になりたいという言葉が出てきました。思い返せば7巻で広瀬くんが「大鳥先輩にとって地球が第二の故郷であってほしい」という旨の発言をしてから8巻分話が進んでいますが、やっと本人の口からもその言葉が出てとても安心しています。6年読み続けてきてよかった……。

話を戻しますが、ここでは大鳥先輩の「人間になりたい」という望みがマハの「俺たちが神なのだ」という言葉と対立しています。最初からオルベリオ人として神の如き力を持ち完璧な存在として生きてきたマハと違い、今の大鳥先輩は10年前の記憶を失い、地球人の社会で生きてきました。オルベリオ人であったために地球人の社会に馴染みきれなかった彼女は、広瀬くんが青箱高校に入学するその日までひとりぼっちのままでした。それが広瀬くんの出会いによって変化し、他人とは何か、仲間とは何かを少しずつ学び、ここまで成長していったのです。それは今という時間の積み重ねと、未来という時間の担保がなければ成立しないものです。完璧な0の時間に留まることで神でいようとしたマハと、先に進むことで人間になろうとした大鳥先輩。14巻におけるマハと広瀬くんとの対立で描かれた構図が、ここでも再現されているのです。

先に進むことを拒んだことを批難されたマハは激昂し、大鳥先輩を外宇宙へと吹き飛ばします。そして今度は広瀬くんが生き返ったところで第74話は終わりますが……この広瀬くんの復活については第75話で説明するとしましょう。

・第75話『明暗』

第75話のサブタイトルは『明暗』。大鳥先輩達とマハとの間ではっきりと明暗の分かれる話です。

地球の王として復活した広瀬くんを見た地球が感激しながらあれやこれやと思い返したりしていますが、こちらは先ほど設定を整理したときに解説したので割愛。ここではこの台詞が重要となってきます。

 

15巻61P
「ああ…これで僕はやっと自分の上で生まれた生き物と対等に話せる。」
「…もうひとりじゃない」

 

実は、これは1巻における大鳥先輩に重なる言動となっています。1巻の第2話でなぜ大鳥先輩は広瀬くんが仲間であることに涙を流してまで感動したのか。それは、自らと対等の存在である「仲間」が隣にいる、ということの意味と価値を生まれて初めて知ったからでした。ここでの地球の嬉しそうな表情は、それをなぞったものなのです。

一方の大鳥先輩ですが、こちらは広瀬くんとの繋がりが絶たれて不安そうな表情を見せています。ただ、広瀬くんの「繋がりが終わったってどこにだって駆けつけてやるぜ!」という言葉ですぐに元気を取り戻しています。実のところ、こうなること自体への準備を大鳥先輩はこの1年でずっと整えてきているんですよね。このブログでもその経緯はずっと書いてきたので詳細は各巻の感想記事に譲ります。とにかく、仲間や心臓というものに囚われることなく、広瀬岬一という一人の男の子と向き合うことを、彼女にはとっくにできるようになっていたのです。

また、広瀬くんにとっても地球の王になったことは一つの到達点になっています。広瀬くんの場合、12巻のラストはともかくとしても最初から意図して地球の王になろうとしていたわけではありません。しかし1巻第3話で凪からもらったアドバイスが彼をここまで走らせ続けてきたのです。

 

1巻133P
「初めから結果なんて期待すんなよ、のんびりやろうぜ。」
「毎日続けてきたつまんねぇことにやっと結果がついてくる感じじゃねえのかな、世の中のたいていのことはそういうもんだろ。」

 

結果がどうなるか、未来がどうなるか分からなくても大鳥先輩のために、大鳥先輩の隣に立つために走り続ける。その結果として、彼は地球の王になったのです。

そんな大鳥先輩達は合流するや否や地球とリコも交えてあれやこれやと楽しそうに揉め始めます。一方のマハはその様子を愕然としながら孤独に見つめ自問するだけです。

 

15巻72P
「俺たちふたりでないと意味がないのだ…ふたりで…」

 

一見この台詞だけを読むと大鳥先輩達とマハとの間に然程差はないかのようにも見えますが、ここも先ほど解説した「神」の話に繋がってきます。彼の言う「神」とは一切欠点のない完璧な存在のことで、それは彼自身を取り巻く(主観的な)世界全体をも含めて完璧でなければなりません。この思想は7巻における凪の回想に出てきた「パーフェクト・ワールド」に非常に近いものです。

問題は、「パーフェクト・ワールド」がすぐ破綻することを余儀なくされた瞬間的なものであったように、マハの「神」も長い時間の中の一瞬でしかないということです。事実マナを失ったことで彼を取り巻く世界は壊れ、彼は完璧ではなくなりました。その時間の流れを押しとどめるために新しい体を手に入れ、マナの似姿を作ろうと143人の少女(マーヤ達)を犠牲にしました。完璧な一瞬を保ち続けるためにマハは進んでいく歴史の流れを強制的に押しとどめ、その代償として様々な人々の命と運命を弄んだのです。

対して大鳥先輩達は、今ある世界が完璧でなくなったとしても自分達の未来を目指そうとしてきました。オルベリオはもうないと大鳥先輩が知ったときも、広瀬くんが目の前で凪を失ったときも、彼らは決して後ろを振り返ることはしませんでした。13巻からは大鳥先輩が地球侵略の目的をかなぐり捨ててでも告白をしようとしたり、広瀬くんが自分の命を擲って大鳥先輩を蘇らせたりしましたが、それでも過去のために未来へ進むことを止めたことは一度もありません(広瀬くんの死についても結局は大鳥先輩の未来を守るためでした)。自分を形作ってきた過去を活かすために未来を目指すという姿勢が彼らの再会を実現させたと言えるのです。

繰り返しになりますが、大鳥先輩達とマハが直近でとった行動には然程の差はありません。それぞれが互いの大事な人を蘇らせようとしただけです。そこに違いがあるとすれば上述した思想の差であり、まさにその思想の差こそが両者の明暗を分けたのです。
やがてマハは、マーヤのナイフに負わされた傷によって完璧な体を保てなくなり、暴走していきます。これも彼が押しとどめた歴史の流れによる復讐だと言えるでしょう。歴史を繋いだ広瀬くんが46億年という歳月を力とした地球の王となったのに対し、マハは自分が葬ろうとした歴史によって滅ぼされようとしているのです。

第75話のラストでは久しぶりのアイラちゃん登場です。アイラちゃんと言えば3巻初登場時から次第に穏やかに、そして丸っこくなっていく瞳が印象的でしたが、ここに来てさらに丸くなった印象があります。ついでになんとなく背景もいつもより細かいです。そんなアイラちゃんが、月を呑み込みながら地球に迫るマハを見上げたところで第75話は終わります。

・第76話『さよなら!』

アリーヴェデルチ な第76話です。マハの暴走によって地球を守る港にひびが入り、更に月を失った影響で地表は激しい嵐に見舞われ始めます。そんな中、月から脱出した地球は宇宙船で松横市へと帰還、アイラもピョートルが運転するやけに描写の細かいスポーツカーでそこへ駆けつけ合流します。余談ですが、ここで暁行が「まるで5億年前に戻ってしまったようだ!」と言っていますが、4、6ときて今度は5億年前ですか……。地球の年表をざっくり眺める限りでは恐らくカンブリア紀の真っ只中なのですが……その前後なら一時的な氷河期やオルドビス紀の大量絶滅もあるので、まぁそこら辺と適当に考えましょう(フィクションとして脚色していると分かった以上あまりこだわっても仕方ないですからね)。なお、ここでアイラの眼が変わっていることに地球が気づいていますが、これはアイラがエラメア人の眼の力を覚醒させた表現と見ていいでしょう。この辺りは描写が少ないのでなんとも言えませんが、ひょっとするとアイラのおばあちゃんは、今のアイラならできると信じて大鳥先輩たちを助ける役目を授けたのかもしれません。

一方で、広瀬くんと大鳥先輩はマハを倒すために月に留まり、黒いもやの中へと飛び込んでいきます。ここでまた余談ですが、大鳥先輩にマナの記憶を植え付けたゴズの幼生の名前が「点ちゃん」になりましたね。先の月の喪失とこの点ちゃんが最終話で色々びっくりな展開を呼ぶわけですが、それはまた後ほど。それよりも、ですよ。

点ちゃんコイツ! ものすごく自然な形で大鳥先輩の胸にタッチしてやがる!

なーにが「ひしっ」だこのヤロー! お前❌❌❌なんだろう!? そんなことしたら外交問題だぞ!!!(最終話で話すので一先ず伏せ字)

……本題に戻ります。闇の中に入った広瀬くんたちは、同時にマハの支配する空間へと引きずり込まれます。そこではマハが、マナを初めとする幾多のオルベリオ人や自身の飼っていた動物たちの墓に囲まれながら、自身の己の最初の過ちを見定めようとします(ついでに大鳥先輩たちに嫌がらせをします)。

14巻に登場したマナの日記の内容(14巻27~28P)をここに持ってきていますね。マハは王として、オルベリオ人として他の下等生物の生殺与奪を握っていることに困惑したそうです。それを開き直って受け入れてしまったことが今の自分に繋がっているのではないか、マハはそう語ります。
こうしたマハの思想は、凪(ゾキ)の思想とも対比することができます。凪は自分の命すら思い通りにならない世界の中で最後の自由を得るためにもがき続ける存在であり、対するマハは自分は愚か他人の命さえも思うがままに操ることができてしまう存在です。凪は未来が失われていく中で少しでも自由を得るために、マハはかつてあった完璧な過去を取り戻すために、それぞれ一瞬を永遠のものにしようとしたわけです。

こうした対比を踏まえると、マハが完璧でなくなったきっかけは、あるいは他の存在と関わってしまったことなのかもしれません。自身が目指す完璧の範疇に他者を巻き込んでしまえば、それは他者を拘束し制御しようとすることに繋がります。自分のような完璧な存在に他者もなってほしい、その思いが彼の生き方を誤らせることになったのでしょう(余談ですが、これが凪の場合は自分のような未来のない人間に合わせて世界の未来も消えてしまえばいいのに、となります)。

マハの空間にはマナやペットの動物だけでなく、次第に数を減らしていったオルベリオ人の墓も存在します。彼が神と呼んだオルベリオ人も、結局は時間の流れによってすり減り、機械化や混血等の影響も相まって衰退していきました。その事実自体が、彼が神にはなれないことを雄弁に物語ってもいたのです。それを自身の空間に持ち込んでいることを考えると、彼は自身がもはや完璧ではないことをずっと前から悟っていたのかもしれません。それでいてかつての一瞬を諦めきれなかったことに、彼の悲哀があるのでしょう。

そんなマハへと、広瀬くんと大鳥先輩は打ちかかっていきます。最初の突撃では勢いが足りず、大鳥先輩が自身を砲台として広瀬くんを投げ飛ばそうとしたとき、マナの墓がせり上がって大鳥先輩の足場となります。ちょっと分かりにくい描写ですが、マハの内部は嵐が荒れ狂っているので、大鳥先輩がそのまま広瀬くんを投げ飛ばすには足場が不安定なのです。それをマナの墓が助けた形になっています。ここはマーヤのナイフがマハを傷つけたように、マナの遺志が大鳥先輩たちを助けたのでしょう。

マナの助けもあって砲弾となって打ち出された広瀬くんは、心臓を殴り砕いてマハを打ち倒します。ここで二人一緒にではなく、あくまで広瀬くんがマハを倒す役割を背負っているのも大事なポイントです。13巻でマハのような肉体を手に入れなければと筋トレに励んでいたように、マハは最初から完璧な存在として未熟な広瀬くんの前に立ち塞がります。広瀬くんは完璧に届かないと分かっていても立ち向かうことを諦めなかったからこそ、完璧から零落したマハを広瀬くんは追い越すことができたのです。

広瀬くんが最後にマハに投げかけた言葉を見ていきましょう。

15巻117P

「悲しいことは…起こる。」

「俺だって前向きな気持ちだけで生きてるわけじゃないんだからさ…お前の気持ち分かるよ…でも、でもさぁ!! お前のやったことはさぁ……!!!」

広瀬くんも凪を失い、そして大鳥先輩を一度目の前で死なせてしまうなど、悲しいことを幾つも経験してきました。彼はその度に傷つき、惑い、大鳥先輩に自分の命を差し出してしまってさえいます。それでも彼は他人を傷つけてまでその流れを押しとどめようとはしなかったのです。マハがその一線を踏み越えた時点で、広瀬くんには彼を赦すことはできなかったのでしょう。ここは11巻のラストで広瀬くんがゾキを殴り飛ばしたのと同様のロジックで、彼なりにマハを倒さねばならない理由を今一度見極めた瞬間でもあるのです。

・第77話『地球へ帰れ!』

さて、第77話です。マハは港を遂に破壊するも、地球に手が届くその直前で広瀬くんたちに敗れました。心臓を破壊されたマハは元の老いた姿へと戻っていき、やがて崩壊します。14巻でトトがマハの若返りの方法には見当がつくと言っていましたが、この描写から察するに他のオルベリオ人の心臓なりなんなりを移植していたのでしょう。

一方、地球ではアイラが広瀬くんたちを助けるため、「ほしのきおく」を発射しながら重力パルスを信号として打ち、地球から月へと続く光のレールを作ります。ここでアイラはビシャホラを龍脈孔と繋げることで、大鳥先輩のいる場所まで信号を打つことに成功しています。これは11巻でのアイラとゾキとの戦いにも重なる描写になっています。

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まず、凪の右腕にはゾキがいるわけですが、今回はアイラにもアイラの祖母が乗り移るという場面がありました。お互いに別の存在が乗り移るという点でまず共通点が一つあると言えるでしょう。また、ゾキがマーヤを騙して兵士を増やそうとしていたのと同様に、アイラも龍介や岬一の祖父を騙して凪が入院しているようにみせかけています。誰かをだますというこの点においても二人は共通しています。

(中略)

ゾキの目的はオルベリオの血に支配されている現状を変える力を手に入れることです。ゾキは王の弟として生まれたことや、オルベリオの傀儡であるゴズの血を憎んでいる側面があったのでしょう。血統への反抗と言ってもいいかもしれません。

一方で凪も、岬一のように祖父の後を継ぐことはせずのんびり過ごしたいということを回想で語っています。ゾキ程の反抗心はありませんが、彼もまた血を受け継かないという立場の人間なのです。凪とゾキは生まれ持って受け継いできた血に抗うという姿勢が一致しているのです。

続いてアイラです。彼女はビシャホラを壊され大怪我をしたことで自信を無くしていましたが、母イリナの言葉で自分が日本に来たきっかけを思い出し、元気を取り戻します。ビシャホラのことは忘れてあげよう。大事なのはこのきっかけです。元気いっぱいのアイラと共に、サバーチカがエラメアの力を後継した証であることが説明されています。そう、アイラは血を継いでいくことを受け入れた人間なのです。

ここで、凪(ゾキ)とアイラを「血を否定するか、受け継いでいくか」という観点から対比することが可能になります。大鳥先輩とマーヤとの直接対決が増えていく中で、凪とアイラの間でもこのような構造が10巻ではいつの間にかできていたのです。

(中略)

以上の内容はぼっち侵略10巻の話ですが、この時点から既にアイラとゾキの対比構造が作られていたことが分かると思います。これを踏まえて11巻の第53話後半における戦闘シーンを追っていきます。

アイラはビシャホラごと地下室に籠り、ビシャホラの枝を伸ばすことでゴズ軍団の目を盗み、同士討ちまで引き起こさせることで攪乱に成功します。注目すべきは106~107Pのこの台詞。

 

「私個人の力は弱いわ。でも…私たちには、伝統がある!」

「エラメアが遺した力と、おばあさまが絶やさなかった血筋がここにあるわ。」

 

伝統や血筋の上に自分の生き方を重ねて戦おうとするアイラと、それらの破壊を目論むゾキ。この構図は、前編で解説した大鳥先輩VSマーヤのそれとも一致します。

ビシャホラの「枝を伸ばし、世界に接続し、情報を操作する」戦い方は、ある意味アイラの主張を補強しています。何故なら、アイラの祖母は元々地球の出身ではなく、エラメアから地球に行きついた末にそこを新たな故郷と決めたからです。それは、エラメアと地球という二つの故郷、伝統の接続とも言えます。その血と使命を自らの意志で継いだアイラだからこそ、この戦いにおいてビシャホラをこのように扱うことができているのでしょう。

先ほどの設定の整理ではエラメアの力は観測であると話しましたが、アイラはそこから一歩進み、他の何かと繋がることで前に進んできました。15巻アイラが遂に地球の力をも借りて大鳥先輩にメッセージを届けられたのは、ここまでの彼女の成長の総決算とも言えるのです。

その後、広瀬くんと大鳥先輩はリコが待つ宇宙船に向かうため、敢えてマハが崩壊した後にできた空間の裂け目へと飛び込みます。時間も空間もごちゃ混ぜになり、そもそもそれらが存在するのかも怪しい隙間の中で二人は離ればなれになってしまいます。その中で大鳥先輩は、謎の光に導かれてリコのいる宇宙船の中で一足先に目を覚まします。

この光が何なのか、作中ではハッキリと語られていませんが、それぞれの描写を見るに二つの光がマハとマナ、大鳥先輩の腹をドついたのがマーヤで、それ以外の沢山の光は大鳥先輩の143人の姉なのでしょう。……なのでしょうが、では、これはそうした人間たちの「何」なのか? ギリギリ手がかりになりそうな部分を探してみると、マナが死んだ後、その記憶が無くなってしまった場面にそのヒントらしきものがあります。

 

15巻15P

「…マナ。気が宙(そら)に…溶けてしまった…」

 

マナの記憶、あるいは魂と呼びうるものが消えて無くなってしまったシーンですが、ここでマハは「宙に溶けてしまった」という言い方をしています。ここからかなり乱暴な読みをしていくのですが、もしかしたらぼっち侵略という作品において、こうして死んでしまった生命体の記憶や魂というのは宇宙という空間のどこかに残るものなのかもしれません。つまり、地球という星でも記憶が具現化したものが「ほしのきおく」として零れ落ちるのなら、宇宙という空間でも同じことが起きるかもしれないのです。確証は全くありませんが、大鳥先輩が飛び込んだ空間が時間も空間も超えた宇宙の隙間であるのなら、そういったことも起きうるのではないかと個人的に考えたのです。ぼっち侵略は、過去の時間や歴史を今に生きる者たちが継ぎ、未来へ進もうとする物語です。もし誰にも記憶されなかった、あるいは忘れ去られていく生命体の記憶がこうして宇宙のどこかに残っているのなら、不確かながらもそれを継ごうとする行為には確かに意味があったのです。それは、12巻で広瀬くんが今の大鳥先輩ではない、10年前の大鳥先輩の面影に導かれてゾキを撃破した場面とも重なります。大鳥先輩を導いた光も、そうして宇宙隙間に残されたマハやマナ、そしてマーヤたちの記憶だったのでしょう。

さて、一方の広瀬くんですが……個人的な感想を先に言わせて貰うのであれば、ここからぼっち侵略は多少作品としての方向性を変えたように思います。テーマが変わったというような話ではなく、ここまでの作品の作り方とは違う手法で作品のラストを飾ろうとしたように思えるのです。

広瀬くんは大鳥先輩と違い、マハの思念に阻まれるように過去の時間に囚われてしまいます。そんな彼が誰かの声に導かれるように別の隙間へと飛び込むと、そこでなんと死ぬ直前の凪に再会します。

正直に言ってこのシーンは心の底から驚かされました。というのも、ここまでの内容を読んで頂ければ分かるように、ぼっち侵略では凪が死んだ後も彼の存在や在り方を作中でしっかりと意識し続けてきたからです。時には広瀬くんの進む道を示した存在として、時にはゾキと共にマハと対比されるべき存在として、作品を読んでいく中で彼の影は常に作中にあったと言っても過言ではありません。だからこそ、ここでもう一度凪が出てくるという展開は全く予想できませんでした。

しかも、時間や空間をねじ曲げて精神だけでももう一度会いに行く、という展開です。元がSFですからこういう展開もありではありますが、これは明らかに凪と再会させるためだけにこのような状況を作り出しています。第77話は、このシーンのためだけに描かれたお話と言っても過言ではないでしょう。

これは何なのか。読み返しながら何度も考えてきましたが、これは作者の小川麻衣子先生から広瀬くんへの、ここまで頑張ってきたご褒美やサービスなのだろう、そういう結論を個人的に出しました。広瀬くんは凪の死を乗り越え、彼が生きた歴史を繋げることで地球の王になり、マハを倒しました。そこまで辿り着いた以上、広瀬くんが凪に再会しなければならない作劇上の理由は本来存在しません。それでも、小川先生は広瀬くんと凪を最後に再会させてあげたかったのでしょう。広瀬くんがどれだけ走っても辿り着けなかった凪の最期の瞬間と、凪がどれだけ望んでも見ることのできなかった広瀬くんの未来。一瞬の時間の中で、声も届かず現実かどうかも定かではありません。だからこそ成立する一回限りの奇跡の中に、小川先生は二人の最後の願いを込めたのかもしれません。少なくとも、その一回限りの奇跡の中で凪から未来を託されたからこそ、広瀬くんはこうして時間と空間の監獄から抜け出せたのです。

・最終話『それから これから』

驚かされた、という話で言うならこちらも全く負けてはいません。いよいよ最終話です。

大鳥先輩と広瀬くんが無事地球に帰ってきて少し経ったところから話が始まっているようで、大鳥先輩が新居を作ることを決めています。作る、と軽く言ってはいますが要するにオルベリオの魔法で同じ場所に家を作り直すということなのでしょう。最初から最後まで本当に便利な魔法です。

大鳥先輩は家が破壊されて以降ずっと寄生しっぱなしだったアイラに新居完成祝いの幹事をついでに頼み込み、天の海でそのお祝いが無事スタートします。お祝いには大鳥先輩と広瀬くんそれぞれのクラスメイトがやって来ているようで、懐かしい顔もチラホラ見受けられます。ぱっと見名前が分かるのは6人中4人くらいでしょうか。

で、そこに登場する点ちゃんです。なんとその正体はゴズの王子でした!!! 最終回を読んでいて最初にびっくりさせられた場面です。リコがゾキの弟と言っていますから、先代のゴズの王であったゾキの兄から数えて三男ということになります。姿が変わっているようにも見えますが、これは恐らく人型の外骨格を「下」に「履いて」いますね。一番上の一見帽子っぽく見える部分が点ちゃんの本体と思われます。……多分。

どうやら点ちゃんは大鳥先輩に助けられた恩を以て地球(の意思)と同盟を結んだようで、港が破壊された後はこのゴズと地球との同盟関係によって平和を保っているようです。キルシスとヤフマナフを初めとする星団連はこの同盟には関わっていないようですが、何を隠そうリコがヤフマナフの尖兵だったわけで、あるいは彼の存在がいずれ同盟をより強固なものにするかもしれません。

とは言え、この同盟にも本当に驚かされました。あれこれ驚いているとキリがないので要点を端的にまとめると、

 

大鳥先輩たちが壊された港を閉じることなく、ゴズと同盟関係を築いた

 

ことに私は驚いたわけです。どう驚いたのか具体的に解説していきましょう。

そもそもぼっち侵略は、大鳥先輩がひとりぼっちの状態から脱するまでを丁寧に描いてきた漫画です。ここでいう「ひとりぼっち」とは、ただ単に仲間や友達がいないという状態ではありません。大鳥先輩はオルベリオという星で生まれながらも、地球侵略という使命を果たすために他人と接触することを一切赦されずに育ちました。そのため、彼女には他者や仲間といった自分以外の対等な存在に対する知識や経験が一切ないのです。そこに地球侵略という使命だけを与えられた大鳥先輩は、他者との関係の中で自分という存在を見極めることができません。その発想がありませんし、経験がないから能力もなかったのです。大雑把に要約してしまえば、彼女の「ひとりぼっち」とは物心がついたときから村八分にされたために自立できず自立する強さもない、といったような状態を指すものなのです。

そんな大鳥先輩が最終的に「人間になりたい!!!」と自らの望みを叫ぶことができるようになるまでに、ぼっち侵略は長い時間をかけてきました。そこで最も大きな役割を果たしたのは、言わずもがな広瀬くんです。彼が常に大鳥先輩を傍で支え、また大鳥先輩の目指す「人間」の指標となることで、彼女はここまで走って来られたのです。

ここで重要になってくるのは、広瀬くんは大鳥先輩の指標であると共に大鳥先輩を外部(ここでは宇宙人)から守る存在でもあったということです。例えば、もしも大鳥先輩が本来6巻で知るはずだった「オルベリオ星はもう存在しない」という真実をもっと早く知ってしまったとしたら、広瀬くんは彼女と再会する手がかりすら見つけられなかったでしょう。広瀬くんが大鳥先輩と共に過ごす時間を半年近く積み重ねてきたからこそ、彼は7巻で大鳥先輩と再会することができたのです。

ここでようやく港の話に戻ってきますが、ぼっち侵略においては港もまた広瀬くんと同様に大鳥先輩を外部から守る役割を果たしていました。これは勿論敵の侵攻のペースを一定に抑えるという作劇上のギミックとしての役割もありますが、作品のテーマを考えれば大鳥先輩が育ちきるまで彼女を支える揺り籠としての意味合いが大きかったのです。大鳥先輩が地球という閉じられた空間の中で広瀬くんの生き方を指標として生きていく、その道筋を担保する存在として港は機能していました。

私自身一読者としてそうした港の設定に甘えていなかったと言えば嘘になりますが、ともあれ港は最後には閉じられて終わるものとばかり考えていました。12巻でも港を封鎖することを目的としていましたし、大鳥先輩が元の力を取り戻せばあるいはそれも可能であろうと予想していたからです。

そこをぼっち侵略は最後の最後でひっくり返してきました。港は開かれ、地球人は自分達より遙かに高度な文明に、密やかながら道を開き始めることになります。港の代わりに地球を守っているのは地球の王となった広瀬くんや大鳥先輩、それに同盟を結んだゴズとの繋がりです。港によって実現する閉じられた空間での安寧ではなく、人との繋がりによって保たれる開かれた平和をぼっち侵略は選択したのです。

あるいは近い将来、地球の文明はゴズとの交流の中で大きな変化を迫られることになるかもしれません。それはオルベリオが辿った結末とも一部重なるものがあります。一度宇宙人との交流の中で新しい文化を取り入れてしまえば、もう元には戻ってこられないからです。地球は大鳥先輩を守る揺り籠としての役割を、港の破壊によって失ったのです。

では、それが果たして悪いことなのかと言えば、私は寧ろ土壇場で良い方向へ転じたと考えています。まず第一に、大鳥先輩は既に自分の答えを出して自立することができまています。心臓という繋がりを失っても広瀬くんと共にいることを選択できたように、地球が外部の文明と接触して変貌していくとしても、大鳥先輩は地球で生きることを自ら選択し続けるでしょう。

第二に、港を再封鎖するということは、それはそれである種の問題を抱えています。確かに港は大鳥先輩と彼女が望んだ生活を守るものでもありますが、同時に大鳥先輩が手に入れた自由をまた閉じてしまうものでもあるからです。それは閉ざされた村の中での平和であり、外の世界からやって来たとは言え、外を見なければここは一番良い世界なのだ、といった結論に限りなく近いものになってしまいます。港を開いたからこそ、大鳥先輩が自立して自ら選択する自由を得た事実をより強調することができるようになったのです。

とは言え、こうなった展開自体は突然の変更と言って差し支えないものでした。14巻から登場していた点ちゃんをギミックとしてゴズとの同盟を果たしていますが、一体いつ頃からこの終わり方を考えていたのかはさっぱり検討がつきません。先ほど12巻ではまだ封鎖する方針だったと書きましたが、その12巻の181Pでは広瀬くんが地球の王になって星団連と交渉するという今回のラストにかなり近い構想を描いていたりします。まぁこんなことをあれこれ考えても詮無きことなのですが、あるいは大分前からこの結末へと少しずつ方向転換する準備を小川先生は固めていたのかもしれません。

そんなことを書いていたら、次のページではアイラちゃんが龍介とゴールイン。ヴァギトにもバッチリ目撃されてめでたしめでたし。ここについては特に言うことは……ないですね! グッドラック! はい次!

176Pでは、アイラのおばあちゃんから渡されたエラメアのものとおぼしき花を、大鳥先輩がマハとマナの墓に添えています。ここで大鳥先輩を導いた光がマハやマナ、マーヤたちであったことが明言されています。そして、月。新しい月を広瀬くんと地球が協力して作ったそうです。軽いね!? ここは本記事の最初に設定を整理する形で解説しましたが、地球が広瀬くんに分け与えた力を広瀬くんが行使すると、オルベリオの魔法とそう大差ないことができてしまうようです。オルベリオの魔法やエラメアの眼、そして地球の王が持つ力、これらは元を辿ると宇宙の誕生と繋がる一つの力に集束しているのです。その宇宙の誕生から連綿と続く様々な命(星も含める)の歴史もまたその力と結びついていることまで理解できると、この『ひとりぼっちの地球侵略』という作品のSF観が大雑把ながら理解できるようになってくるわけです。

閑話休題、元々あった月は最初の「ほしのきおく」であり、地球がトトを懐かしんで……こう、作ったそうです。懐かしんだら月になるんだ……そこ省略されるとちょっと分からなくなるな……とも思いましたが、トトはそこに地球を見守るための遺跡を作り自らの記憶も遺したわけですから、案外お互いに望んだ結果の産物だったのかもしれません。これについて大鳥先輩は「残された方も繋がりが欲しいのよ!」とコメントしています。マナとマハの墓を勝手に作ったことにも絡めての発言ですが、これはこれで今までのぼっち侵略で補いきれなかった部分かもしれません。ぼっち侵略では今を生きている者が過去を継いで前に進んでいこうと何度も繰り返し言ってきたわけですが、かと言って何も手がかりのない状態でそれをしろというのも酷な話です。だからこそ私たちはお墓を作ったり写真を撮ったりすることで記憶ではない記録を何かの媒体に残し、それを頼りに過去の歴史や人々の存在を想ってきたのです。最終話の扉絵は1巻第1話「together 4ever」の構図をもう一度用いているわけですが、ここで大鳥先輩がカメラを首から提げているのにはそういった意味合いもあるわけです。

その後、広瀬くんは大鳥先輩の首の包帯を外してもいいかと尋ね、大鳥先輩に断られたにもかかわらず無理矢理剥がしてしまいます。このブログでは今まで(なんとなく)言及してこなかった部分ですが、これは10巻で大鳥先輩がマーヤのナイフによって首を切られたことで巻いた包帯です。大鳥先輩がマーヤを初めとする144人の姉たちの上に自分という存在が居ることを忘れないための包帯でもありますし、大鳥先輩のように幸せになりたかったというマーヤの恨みの名残でもあります。もっとも、大鳥先輩は地球に帰る際にマーヤたちからも未来を託されたわけですから、これを付ける理由はないわけです。外したということは、つまりは幸せになってもいいということで、

 

15巻182P

「あのさ、俺、先輩のこと好きだよ。」

 

まぁそうなりますよね! 去年の春に再会したときから好きだったとか言ってますが本当なんですかねぇ? まぁもうどうでもいいかそんなのは! 186~188P辺りはね、もうたまりませんね。上から二人をコマ撮りのようにして描く演出とかここまで見たことなかったですから、いやぁ本当にサービスシーンってやつです。たまりませんなぁ。

ぼっち侵略のラストは、大鳥先輩が広瀬くんと手を繋ぎ自らの新居へ向かう場面で終わっています。その新居は、旧居のバスの上から更に別のバスをくっつけたかのような外観です(二階建てのバス自体は幾つかありますし、こちらのバスも元の車があるのかどうか現在確認中です)。大鳥先輩が自分の乗ってきた宇宙船をどうやってバスに変えたのかは結局謎のままですが、今回の新居を魔法で作った以上は、旧居も同様の方法でバスになったのでしょう。13巻76Pでアイラがそれを「ゆりかご」と呼んだように、大鳥先輩のイメージの具現化である旧居は、いわば小さな港のような存在でした。

レトロバスだった旧居が二階部分を増やしたより大きいバスへと変化したというのは、文字通り大鳥先輩のイメージする世界が広がったことを意味します。今まで限られた人間しか中に入れなかった家の周りでは、アイラにリコ、地球、点ちゃんが新居祝いの二次会を開いていました。港が開かれたように、大鳥先輩の秘密基地はもう大鳥先輩を囲うゆりかごではなくなったのです。大鳥先輩の世界観の拡張を意味する新居のデザイン、そしてそこへ広瀬くんと二人で向かう大鳥先輩という構図こそ、『ひとりぼっちの地球侵略』という作品が6年半の連載の末に辿り着いた、最後の答えだったのでしょう。

・まだあるよ! 表紙やカバー裏について!

で、まだ終わりではありません。巻末4コマに表紙にカバー裏の話が終わっていません。今回はこれらも重要なので、最後まで語り尽くしちゃいましょう!

まずは巻末4コマから。最初の4コマはマハとマナに関するお話ですね。大鳥先輩と広瀬くんの行く末を二人がどこかで見守っているような予感を抱かせてくれます。

……問題はですね、ここからなんですよ。大鳥先輩の将来はどうなるのか!? という4コマですね。炊事やら家事やら全般的にダメで労働もしたくない! 結局は天の海でメイドさんをやろう! ということに落ち着いたのですがこれからどうなることやら……という微笑ましい終わり方になっています。

……いや、別に問題はないんですよ……ないんですけどね……。

実はその……私、

「大鳥先輩が人間になりたいって言った後地球人としてどう生きていくのか、その方針が分からないとちょっと不安だしほんの少しでもいいから描いてくれると嬉しいです」

って結構長めに書いちゃったんですよ! 第74話が掲載されたゲッサンのアンケートに!

……いや、気のせいだと思います。自意識過剰ですね。忘れましょう。次。

次はカバー裏です。今まで大鳥先輩たちが戦ってきた宇宙人の名前が紹介されています。4巻の「仲間は名前で呼び合うんだよ。」以降、ぼっち侵略において名前が重要になっていたことはこのブログでも何度も書いてきましたが、だからこそここで敵宇宙人の名前が公開されたのは胸が熱くなりますね。彼らの存在も大鳥先輩たちの歴史の一部としてこの作品に刻まれていることの証明なのです。

そして、表紙です。流星群の降り注ぐ空にゴズとヤフマナフの宇宙船が浮かび、それらを背景に大鳥先輩、広瀬くん、リコが旅行かばんを手にしています。裏表紙を見ると電車か何かのターミナルのような場所に、龍介とアイラ、点ちゃんとその部下、広瀬くんのおじいちゃん、アイラのおばあちゃん、地球など各キャラクターが並んでいることが分かります。

この表紙、凄いんですよ。何が凄いって、ぼっち侵略の完結後の世界をこの表紙が完璧に表現しているからなんですよね。港という閉鎖された空間が消え、地球は宇宙人に対して開かれた星となりました。ならば将来的にはゴズの人々は宇宙船で地球にやってくることになるでしょう。そうすれば逆に地球人がゴズの宇宙船に乗って宇宙に出て行くこともあるでしょうし、そうした交流が活発化すればまさにこの表紙のような空港だって作られるかもしれません。大鳥先輩たちはそうして開かれた世界に今まさに進み出そうとしているのです。

そしてそこには、ゴズだけでなくヤフマナフの宇宙船の姿もあります。ということは、リコの存在を軸にして、ヤフマナフとも同盟を結べたか、あるいは関係が良好になった可能性があるのです。彼らが手に入れた開かれた平和が一時で終わるようなものではなく、その後もより拡張されていくようなものであったことをこの宇宙船の存在が示唆しているのです。

『ひとりぼっちの地球侵略』の冒頭において大鳥先輩はひとりぼっちの宇宙人であり、地球は港によって閉鎖されたひとりぼっちの星でした。その両方が解消され、大鳥先輩を取り巻く世界の全てが開闢されたことを、この表紙は何よりも雄弁に語ってくれたのです。

・最後に

以上で『ひとりぼっちの地球侵略』15巻ざっくりまとめは終了となります。ショート版の時点で10000文字超でしたが、終わってみると20000文字を超えてしまいました。毎度のことながら全くざっくりでなくて申し訳ありません。最後ということで特に張り切ってしまいました。

今後の弊ブログですが、ぼっち侵略という作品の全体総括や、ブログを始めたばかりで色々拙い出来の1~7巻ざっくりまとめの再編集・新規執筆等まだまだやることは残っております。それぞれ執筆にはそこそこ時間がかかると思いますが、気長にお待ち頂ければ幸いです。

最後になりますが、今後の小川麻衣子先生の活動について現状把握できる限りでここに書き留めておこうと思います。

まずは来月発売のゲッサン2019年1月号ですね。こちらに小川麻衣子先生の読み切り作品が載る予定です。こちらの感想記事も勿論書く予定です。

また、15巻の帯によると2019年には小川麻衣子先生の新連載が始まるらしいとのことです。まだゲッサン本誌で情報公開されたわけではないですから企画を進めている最中だろうと予測されますが……ぼっち侵略の各記事を果たしてこの新連載開始までに完成させられるかどうか……休めないなぁ……。

 

というわけで、完結後も『ひとりぼっちの地球侵略』と小川麻衣子先生をどうかよろしくお願いします。それでは。