ぼっちQ&A!~小川麻衣子作品感想ブログ~

『ひとりぼっちの地球侵略』や『魚の見る夢』等、漫画家の小川麻衣子先生の作品について感想を綴ったブログです。

ひとりぼっちの地球侵略13巻を改めてじっくり読み直してみた(後編:マハヤ王編)。

※こちらは後編です。前編はこちらからお読みください。

thursdayman.hatenablog.com

こんにちは、さいむです。

今回は、『ひとりぼっちの地球侵略』13巻について、

・【前編:暁行編】

・【後編:マハヤ王編】

の前後編に分けた解説を行っていきます。結構長くなると思いますが、よろしくお願いします。

www.shogakukan.co.jp

・大鳥先輩に”男らしさ”を教えるマハヤ王

後編はマハヤ王編ということで、ストラスモア・ヴァロマハヤ・クラシコ・オルベリオを中心とした解説を行っていきたいと思います。作中における彼の役割を読み解くことで、13巻における大鳥先輩や広瀬くんの言動の意味もより理解できるようになっていくので、その意味ではとても重要なキャラクターです。

マハヤ王の初登場は12巻の終盤なので、まずはそこから見ていきましょう。マハヤ王は、キルシスの宇宙人が発したオルベリオ語によって残された種から初登場しました。大鳥先輩をマナと呼んで抱きしめた後、心臓が広瀬くんの元に残されていることに激昂し攻撃するものの、思念から解放された大鳥先輩によって撃退されています。

ここの初登場は12巻単体においては別段大きな意味を持ちませんでしたが、13巻によってかなり強い意味付けがなされています。それは、マハヤ王こそが「大鳥先輩に男女の恋愛という概念を体感させた人物である」ということなのです。

ちょっとヤバい内容ですが、落ち着いて13巻の序盤を注目してみましょう。大鳥先輩達がアイラの自宅に集まった際、広瀬くんが筋トレしていたことを大鳥先輩が糾弾すると、広瀬くんは大鳥先輩にマハヤ王に抱きついたことを責め返します。

「先輩だって抱きついてたし…やっぱ背高くて格好いい方が好きなんだろ…」

「わっ、私だって別に! 抱きつきたくて抱きついたわけじゃ…………ないもん…」

ここで重要なのは、元々大鳥先輩は恋愛だの好き嫌いだのに全く理解を示していなかったということです。しかし、このシーンでは明らかに頬を染めてそのことを恥じているような様子が窺えます。9巻では針山の好意に対して全く理解を示せず、12巻でもゾキ戦まではそのような様子は見られません(105Pで抱き合って慰め合っていたり121Pで額にキスしていたりしますが、せいぜい広瀬くんが恥ずかしがる程度のものでハッキリ恋愛の形にはなっていません)。

では、何によって大鳥先輩はそれを理解したのか。演出やタイミングから考える限り、それはマハヤ王が大鳥先輩を抱きしめたときであると考えられるのです。マハヤ王は大鳥先輩をマナと呼んでいました。これは、大鳥先輩やマーヤのオリジナルとなった存在であると考えられます。マハヤ王とマナが具体的にどのような関係であったかは分かりませんが、マハヤ王の台詞を読む限り相思相愛であった可能性は高いでしょう。つまり、大鳥先輩はマナの役割を担わされる形で、マハヤ王を愛しているかのような行動を取らされてしまい、その過程で誰かを愛するという行動の仕方を学んでしまったのです。先に挙げた台詞からも大鳥先輩がそのときのことを忘れているようには見えないので、思念にとらわれている最中でも自分が何をしているかということ自体は分かっていたのでしょう。半ば意識がある状態でマナの役割を担わされたことで、大鳥先輩は恋愛のなんたるかを教え込まれてしまった形になるのです。その後大鳥先輩はマハヤ王に対して強い嫌悪感を覚えるようになっているので、思念にとらわれていない状態の大鳥先輩にとって、彼は本当に気持ち悪かったのでしょう。ええ。

余談ですが、こうしたマハヤ王の在り方は、小川麻衣子先生の百合漫画『魚の見る夢』に登場する周防姉妹の父親と非常に似通っている部分があります。周防姉妹の父親が周防御影のことを「か え で」と妻の名前で呼んでしまう場面(彼は次女の御影に対し亡くなった妻の面影を見出してしまっています)と、マハヤ王が大鳥先輩のことをマナと呼ぶ場面はほぼ同じ意味合いで捉えることができるわけです。今はもう亡い伴侶の面影を、代わりとなりうる何者かにそのまま追い求めようとする気持ち悪さですね。この二人を比較することで、マハヤ王が如何にヤバい奴か分かりやすくなりますので、『魚の見る夢』をお持ちの方はぜひお試しください。

閑話休題、このように物語上の意味合いを考えるとかなり気持ち悪いことをしているマハヤ王ですが、この行動が無ければ13巻はある意味ラブコメとして機能しなくなっている筈なので、この演出も必要なものとして配置されたのだと考えられます。というのも、広瀬くんによる大鳥先輩へのアプローチ自体が、このマハヤ王や暁行と対比される形で行われているからです。

広瀬くんが筋トレを始めたのはマハヤ王の”男らしさ”に少しでも対抗しようとしたためですし、第63話で抱きしめようだのなんだのとしようとしたのは自分が暁行になびいてしまっているわけではないことを大鳥先輩に示そうとしたためでもあります。勿論暁行に抵抗していた側面もありますが、タイミングとしてはマハヤ王が先であり、暁行本人も別に広瀬くん達と対立しているわけではない以上、最終的にはマハヤ王と広瀬くんの対決に収束していくと思われます。

これらを踏まえた上で、122Pで大鳥先輩が広瀬くんの背が伸びたことに気づくシーンは、広瀬くんからのアプローチとはやや言いにくいものの、マハヤ王が大鳥先輩に理解させた”男らしさ”に対する広瀬くんなり(大鳥先輩なり)の回答と言うことができます。マハヤ王より背が低く筋肉もない広瀬くんですが、それでも1年の歳月を経て、大鳥先輩よりも背が高くなっていたのです。マハヤ王の”男らしさ”は完成されたものですが、逆に言えばそれ以上変化することも成長することもありません。一方で、広瀬くんのそれは大鳥先輩と共に一年を過ごす中で獲得されたものであり、しかも大鳥先輩の背丈と見比べることでしか確認することができません。これは大鳥先輩にだけ分かる大鳥先輩にとっての広瀬くんの”男らしさ”であり、先んじて完成されている”男らしさ”を見せたマハヤ王に対するアンサーとして成立しているのです。

・継がせない、譲らない者としてのマハヤ王

ここまで、マハヤ王の初登場時に付与された意味合いについて解説してきました。では、マハヤ王が大鳥先輩達の敵として背負った全体的なテーマとは何なのでしょうか。それは、「大鳥先輩達の先祖として、彼らに後を継がせない、譲らない(赦さない)というものです。12巻までの(1年目の)ボスだったゾキ(凪)は「過去からの繋がりを否定し、それを破壊する」ことをテーマとし、大鳥先輩達と対立しました。彼の設定を踏襲した暁行は、それとは真逆に何かを受け継いで生きていくことを自らに課しています。この方面でのアプローチが12巻までで一段落ついたのであれば、次はその逆として「そもそも彼らの親・先祖が継ぐことを赦さなかったら」というテーマが生まれうるのです。それを体現したのがマハヤ王であると言えるでしょう。

これは先述した初登場のシーンもそうですが、99Pで大鳥先輩がマハヤ王に託された使命を思い出すシーンも該当します。暁行やマハヤ王によって関係が乱される中で、広瀬くんと大鳥先輩がお互いに拠り所としていたものの一つが、12巻で確認し合った約束です。しかし、約束というのであればそもそもマハヤ王に託された使命の方が先に存在しています。普通は先にした約束を果たす方が大事ですから、約束というものを根拠に広瀬くんと共にいたいと思うのであれば、大鳥先輩はまずマハヤ王との約束を果たさなければ筋が通っていません。使命の存在が、二人の約束を赦さないのです。だからこそ、この直後大鳥先輩は約束(二人で一緒に地球を征服する≒そのために広瀬くんと暁行が結婚する)を蔑ろにしてでも広瀬くんと一緒にいたいだけなのだと告白することになるのです。

実のところ、このテーマは暁行も一部背負っているテーマではあります。暁行は広瀬くんが自分と結婚しない限りは地球を王にさせるつもりはないと言っています。27Pでアイラのおばあちゃんが過去の地球の王に関して言及している以上、広瀬くんは地球の王という立場を継ぐ存在であるとも考えられます。喫茶店の跡を継ぎながら地球の王も継ぐというのは何だか二足の草鞋を履いているような感じなので、仮に彼が地球の王になったとしても最後までそのまま王であり続けるのかは分かりませんが、暁行はある意味でそこに試練を課しているキャラクターであると言えるのです。もっとも、暁行自身が何かを継ぐという行為を体現している人物であることからも、マハヤ王のように完全に否定することはまずないでしょう。現在を生きる大鳥先輩達を完全に否定しようとしているマハヤ王こそが、恐らくはこの最終章のラスボスとなるに相応しい存在なのです。

このテーマによって、前編の暁行編で解説した「2年目のぼっち侵略」の意図も明らかになります。つまり、マハヤ王が1年目のラスボスであったゾキとは逆のテーマであることを示すために、1年目とは逆の構図で「2年目のぼっち侵略」を描いてみせたのです。暁行の存在も同様で、凪を彷彿とさせる設定でありながら広瀬くん達と同じ価値観を標榜する、逆の構図となっています。そして暁行が広瀬くんが地球の王を継ぐことに対して試練を課すこともまた、マハヤ王の持つテーマと繋がっていたのです。

・大鳥先輩や広瀬くんの、マハヤ王への対抗策

そうなると、大鳥先輩や広瀬くんは、マハヤ王に対してどのように立ち向かえばいいのでしょうか。大事なことは、何かを継いで生きていくという行為は、元の人間が遺した、託したものでなければならないということです。つまり、マハヤ王が最終的に大鳥先輩達を認めない限り、この問題は解決しないことになります。マハヤ王の心が揺れる何らかの要因が何処かにある筈なのです。

その一つが、13巻の軸になっているブコメです。13巻は帯でもラブコメであることを強調していますが、13巻におけるラブコメは12巻までのそれとは違い、まさに大鳥先輩や広瀬くんなりの恋愛を突き詰める話にもなっています。例えば、キスに関しては2~3巻では大鳥先輩にとっての「仲間」という未熟な認識を保護するものでした。一方で13巻のキスは(暁行に対抗する面もありますが)大鳥先輩が求める男女の関係の具体化になっています。先述した広瀬くんの背丈についても同様で、大鳥先輩の考える広瀬くんの”男らしさ”の具体化です。大鳥先輩と広瀬くんのそれぞれのこだわりまで掘り下げているわけですが、これがマハヤ王に対する突破口になりうる可能性があります。

元々”男らしさ”を教えたのはマハヤ王なのに何故これが突破口になりうるのかと言えば、そもそも今のマハヤ王は死んだ後の存在である可能性が高いからです。以前マーヤの回想にもマハヤ王は出てきましたが、そのときの彼はヨボヨボに年老いた姿でした。12巻で登場した際も大鳥先輩に攻撃されれば簡単にかき消える程度の思念でしかありません。この二つを組み合わせて考えると、マハヤ王自身の年老いた肉体はオルベリオ星の爆発と共に消滅しており、現在の彼は思念だけの存在になっている可能性が高いのです。オルベリオの魔法は可能性を現実に変える力である以上、思念であっても実体を持つことは不思議ではありませんが、逆に言えばどんなに全盛期の姿を実体として保っていても、それはあくまで思念なのです。だからこそ、マハヤ王が先手を取った上でもなお、生きた人間である広瀬くんなりの”男らしさ”を見出していくラブコメが重要となったのです。現実に生きていてそこにいる、成長を続けていく広瀬くんと、完成しているが故に成長することもないつての姿に固執する、肉体を失ったマハヤ王。これがマハヤ王が折れる要因の一つとなっているのです。どれだけ頑張っても、マハヤ王にもう元の体はないのですから。

勿論これだけが確実な要因であるとは限りませんが、大鳥先輩と広瀬くんの恋愛の成就が間違いなくマハヤ王の心を折るための鍵の一つになる筈です。しっかり見守っていく必要があるでしょう。

 ・まとめ

最後に、【暁行編】と【マハヤ王編】を通しての13巻のまとめをしたいと思います。

まず、「後を継がず、繋がりを破壊する」ゾキとは逆のアプローチとして、「後を継がせず、譲らない」マハヤ王が新たな敵として立ちふさがります。次に、マハヤ王がゾキとは逆のテーマであることを示すために、1年目の内容を逆の構図でなぞる2年目のぼっち侵略が展開されます。その際、いなくなった凪の穴を埋めつつ物語をより掘り下げるために暁行も登場します。そして、大鳥先輩は広瀬くんから彼なりの”男らしさ”を見出そうとすることで、マハヤ王の完成された”男らしさ”に抵抗しようとします。それを含めた広瀬くん達のやり取りが、13巻全体を取り巻くラブコメを形作っていったのです。

13巻は12巻までと一転してラブコメ色が強くなるなど、動きの激しい内容になっていましたが、こうしたテーマの掘り下げを行っていくと、いつも通りのぼっち侵略が顔を出します。総じて12巻までの積み重ねがあってこその濃いお話になっており、読めば読むほどに味の出る仕上がりだったと言えるでしょう(実際こうして内容をまとめるのにもかなり苦労しました……)。連れ去られてしまった大鳥先輩どうなってしまうのか気にあるところではありますが、14巻の展開を楽しみに待ちたいと思います。

 

以上で、13巻の読み直しは終了となります。今回の記事は、本来はざっくりまとめの続きとして書く予定のものだったのですが、13巻の構造全体に関する発見が思っていたよりも多かったために、こうして新しく記事にすることにしました。ざっくりまとめの続きを楽しみにされていた方は申し訳ありません。結果的にざっくりまとめに書き足す予定の内容よりも大幅なボリュームアップとなりましたので、それで許して頂ければと思います……。

今年のぼっち侵略ブログの更新は以上となります。また来年にお会いしましょう。ではでは。