ぼっちQ&A!~小川麻衣子作品感想ブログ~

『ひとりぼっちの地球侵略』や『魚の見る夢』等、漫画家の小川麻衣子先生の作品について感想を綴ったブログです。

ひとりぼっちの地球侵略11巻についてざっくりまとめてみた。【後編】

こんにちは、さいむです。

 

今回はひとりぼっちの地球侵略11巻のざっくりまとめ【後編】です。【前編】はこちらのリンクからどうぞ。

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【前編】では大鳥先輩VSマーヤの戦いについて見てきましたが、【後編】は残りの二つ、②、アイラVSゾキ&ゴズ軍団➂、岬一VSゾキ(凪)の戦いを見ていきたいと思います。

①大鳥先輩VSマーヤ

➁アイラVSゾキ&ゴズ軍団 ←今回は、

➂岬一VSゾキ(凪)    ←この二つを解説。

 

1.アイラVSゾキ&ゴズ軍団~伝統を継ぐ者と壊す者~

 アイラとゾキの戦いは11巻の中でも比較的短い戦いですが、ここもしっかりとしたテーマが用意してある部分ですので読んでいきましょう。そのためにも、まずは10巻のお浚いから。

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さて、大鳥先輩とマーヤの関係について補足したところでいよいよ凪(ゾキ)とアイラの対比構造についてです。最初に10巻における二人の共通点をサッと挙げてみましょう。まず、凪の右腕にはゾキがいるわけですが、今回はアイラにもアイラの祖母が乗り移るという場面がありました。お互いに別の存在が乗り移るという点でまず共通点が一つあると言えるでしょう。また、ゾキがマーヤを騙して兵士を増やそうとしていたのと同様に、アイラも龍介や岬一の祖父を騙して凪が入院しているようにみせかけています。誰かをだますというこの点においても二人は共通しています

他にも共通点は幾つかありますが一度この辺りにしておいて、次にその意図へと話を進めます。先に結論を言ってしまえば二人を対比させやすくするためなのですが、ではその対比とは具体的にどのようなものなのか。二人の描写をそれぞれ細かく追って調べてみましょう。

まずは凪(ゾキ)からです。(ゾキ)と書いていますが、凪は現時点でゾキとの関係が不明なので両者が協力している可能性も考慮して一緒に見ていきます。

 ゾキの目的はオルベリオの血に支配されている現状を変える力を手に入れることです。ゾキは王の弟として生まれたことや、オルベリオの傀儡であるゴズの血を憎んでいる側面があったのでしょう。血統への反抗と言ってもいいかもしれません。

 一方で凪も、岬一のように祖父の後を継ぐことはせずのんびり過ごしたいということを回想で語っています。ゾキ程の反抗心はありませんが、彼もまた血を受け継かないという立場の人間なのです。凪とゾキは生まれ持って受け継いできた血に抗うという姿勢が一致しているのです。

続いてアイラです。彼女はビシャホラを壊され大怪我をしたことで自信を無くしていましたが、母イリナの言葉で自分が日本に来たきっかけを思い出し、元気を取り戻します。ビシャホラのことは忘れてあげよう。大事なのはこのきっかけです。元気いっぱいのアイラと共に、サバーチカがエラメアの力を後継した証であることが説明されています。そう、アイラは血を継いでいくことを受け入れた人間なのです。

ここで、凪(ゾキ)とアイラを「血を否定するか受け継いでいくか」という観点から対比することが可能になります。大鳥先輩とマーヤとの直接対決が増えていく中で、凪とアイラの間でもこのような構造が10巻ではいつの間にかできていたのです。先ほどの共通点も、この対比構造をハッキリさせるための工夫だったと考えられます。

 紹介記事をはじめ今までの感想記事でも繰り返し書いてきたことですが、ぼっち侵略は許すことをテーマに作られた作品です。そのためには自分にどのような血が流れていても、それを受け入れて(許して)前に進んでいくことが必要なのです。今回の対比構造は、そうした作品のテーマを今までとは異なる角度から掘り下げているのです。

 以上の内容はぼっち侵略10巻の話ですが、この時点から既にアイラとゾキの対比構造が作られていたことが分かると思います。これを踏まえて11巻の第53話後半における戦闘シーンを追っていきます。

アイラはビシャホラごと地下室に籠り、ビシャホラの枝を伸ばすことでゴズ軍団の目を盗み、同士討ちまで引き起こさせることで攪乱に成功します。注目すべきは106~107Pのこの台詞。

 

「私個人の力は弱いわ。でも…私たちには、伝統がある!」

「エラメアが遺した力と、おばあさまが絶やさなかった血筋がここにあるわ。」

 

 伝統や血筋の上に自分の生き方を重ねて戦おうとするアイラと、それらの破壊を目論むゾキ。この構図は、前編で解説した大鳥先輩VSマーヤのそれとも一致します。

ビシャホラの「枝を伸ばし、世界に接続し、情報を操作する」戦い方は、ある意味アイラの主張を補強しています。何故なら、アイラの祖母は元々地球の出身ではなく、エラメアから地球に行きついた末にそこを新たな故郷と決めたからです。それは、エラメアと地球という二つの故郷、伝統の接続とも言えます。その血と使命を自らの意志で継いだアイラだからこそ、この戦いにおいてビシャホラをこのように扱うことができているのでしょう。

2.岬一と凪~それぞれの生き方~

続いて岬一VSゾキ……の前に岬一と凪の掛け合いについてです。第54話からの凪の様子を追っていきましょう。

第54話『諦観と希望』の冒頭は、恐らく初となるゾキと凪のやり取りからです。凪はゾキに乗っ取られていることに基本的には気付いていなかったようですが、本格的に肉体の主導権を握られて以降はどうやって交代しているのかも不明瞭でした。今回の様子を見ると、肉体を乗っ取られているなりに抗ったり自分の意志を伝えることは出来るようです。

主導権を取り戻した凪は、スゥッ……と目を空けます。ここの演出は7巻で凪が回想を終えた時にもあった演出ですね。ここで降りてきたのが正真正銘凪であることを意味しています。そんな凪は岬一と再会するも、寒さすら感じられないほどに体の感覚が朧げになり、右腕の能力を使うこともできません。

凪は自分を殺すよう岬一に言いますが、岬一は自分とリコが受け止めるからと言い張って諦めません。凪は現実を見ているだけだと言いますが、それでも岬一は首を縦に振ろうとはしません。

ここの演出は色々と凝っているのですが、解説に時間のかかる部分なので詳しくは別記事に譲るとしまして、ここでは4巻の比較と、ぼっち侵略における責任というものの考え方からこのシーンを読んでみます。

4巻では凪の方が岬一を探して見つけ出していましたが、11巻で逆に岬一が凪のところまで辿り着いた形になっています。今回はいなくなったのは岬一ではなく凪の方だからですね。お互いの心境も変化してます。それぞれの台詞を見てみましょう。

「あの時の季節も冬だったな…別に、お前に一緒に死んでくれとはもう言わねぇよ…俺も少しは前向きになったんでね。」

「10年前に諦めてた命をまた捨てるだけだ! 岬一、俺を倒せ!」

「俺はこの10年で諦めが悪くなった! お前を助けたいんだ!」

この後の台詞にもあるように、凪はいつも誰かに大切なものを横取りされ、何も手に入らないまま死んでいくかのような人生を歩んでいました。そんな凪が10年前に最後に欲しがったのは「自由な死に方」であり、岬一と心と通い合わせて死ぬことが「パーフェクト・ワールド」だったのだと7巻では語っています。今の凪はそうはならず、岬一に倒されるという死に方を選びたいと考え、それが「前向き」なのだと語ります。

このまま行けばゾキは岬一を殺そうとするでしょうし、松横市は破壊され尽してしまいます。そうならないために、自分のためではなく他人のために命を諦めようとしているのが今の凪だと言えます。

対する岬一は、大鳥先輩から貰い受けた心臓で生き永らえ、また祖父の喫茶店を継ぐという未来の夢も持っています。彼は他人に何かを与えられ、かつそれを自分のものにしようと努力して10年間を生きてきました

何も手に入らなかった者と、何かを手に入れた者。この価値観の差が、2人の距離を遠ざけてしまった原因とも言えるわけなのです。

「だって俺、俺…お前みたいにさ…強くないから…!」

岬一の助けを断って凪はそう叫びます。今までの凪ならそうでしょうが、凪はゾキの助けによって体の調子は保たれている筈なので、本当なら飛び降りて死ぬ程のことはない筈です。では何が強くないのか。それは心、生き方の違いなのです。岬一のような生き方を自分はすることができない、できるほど強くないから、彼は岬一の側に行けなかったのです。

3.責任。

ここまでお互いの考え方がすれ違っていても、岬一が凪のことを諦めないのには理由があります。凪はまだ、この事態に関して何の責任も負ってはいないからです。前編でも解説しましたが、岬一が10年前の出来事に関して大鳥先輩を恨んでいないのは、一度死んだことで責任が無くなっているからだと話しています。凪はゾキに乗っ取られているだけで、この事態に関して責任を負っているわけではない。だから本人がどんなに諦めていても、責任がない限りは助けてあげたかったのです。

それに対して、凪は松横城に避難していた人々を攻撃します。先ほどまで命令できなかったことを考えると、この時点の凪の命令が本当に凪によるものだったのかは不明瞭ですが、この攻撃によって凪はついに責任を背負ってしまったのです。どうにもならない状況の中、自分の死に方だけでも守りきるために

ついに凪を助ける最後の鎖を断ち切られた岬一は、怒りと共に凪に迫ります。その凪から再び体の主導権を奪ったゾキが言います。

 

「全部、お前が弱いのがいけないんだよなぁ。」 

「街の人を守れないのも、可哀想な双子を助けられないのも、全部お前が俺より弱いせいだ! 岬一!!」

 

ゾキは凪の言葉を借りつつすり替えつつ、岬一の在り方を糾弾します。今の姿勢、心の在り方では凪を救い出すことは出来ない、もっと力を手に入れてみせろ、というわけですね。

それに応えるように岬一は覚醒、岬一VSゾキの戦いが始まります。

 4.岬一VSゾキ~許しと名前~

ここから第55話『逆立つ心』に入っていきます。11巻の最後の話です。

覚醒し、殻が破られ始めた岬一をゾキは全力で攻撃していきます。どうやらゾキの心臓奪取プランは「岬一の精神を揺さぶることで心臓の力を覚醒させ、その上で人間としての殻を剥がし、最後に肉体を破壊し心臓を奪い取る」という類のものだったようです。

……いや、なんていうか、10年前、五体満足でかつ船とシールドに守られててもやられてしまったのに何故心臓の力を覚醒させた相手に勝てると思っているんだろう……

後々の様子を見るに、凪の体を人質に取っていることで相手が最後に躊躇するのを狙っていたのかもしれませんが、結構分の悪い賭けですよね、これ……。

対する岬一はブラックホールを発生させ、ゾキの右腕を削り取ります。それでもゾキはなお嬉しそうな表情。ゾキは自分が全てを手に入れるため、そして過去の全てを断ち切るため、より純粋な力を欲していきます。この状態の岬一は8巻の暴走状態と重なるようにリコに語られています。あの時は体の内側からヘントゥーリオに唆されていましたが、今回は、ゾキの言葉によって憎しみが湧き上がってきた形です。この重ね方は後々大事になるので覚えておきましょう。

そんな中、岬一に示された方向に走っていったリコがついに大鳥先輩を見つけます。大鳥先輩、割と普通に起きていますが、呪いが解けたと思ったら一眠りで回復していますね。本当に回復したのでしょうか……。今後の展開が気になります。

大鳥先輩は心臓越しに岬一に語りかけ、彼を正気に戻します。ここも8巻と逆になっていますね。あのときは岬一が大鳥先輩をマーヤの夢から助け出していたのですが、今回は大鳥先輩が岬一を呼び戻しています。

 

「私のピンチには助けに来てくれるんじゃなかったの?」

「…私があげたものをそんな風に使っちゃ駄目よ。」

 

大鳥先輩のピンチには助けに行く、心臓を自分のものとして使えるようになる。これは、9巻で岬一が大鳥先輩についていくために頑張ろうとしていたことでもあります。大鳥先輩はそれがきちんと理解できるようになりましたし、それができなくなっている岬一を叱ることで正気に戻したのです。

目覚めた岬一は、ゴズの兵士の体に潜み、隙をついてゾキに殴りかかります。不意を突かれたゾキは咄嗟に言います。

 

「俺を殴れるのか?「岬一」。」

 

恐らくは対岬一用の切り札でもあったのでしょう。凪を殴れるのか? というゾキの問いかけです。

それに対して岬一はこう返します。

 

「お…俺は広瀬岬一だ!」

「お前は…!? お前はなんだ!?」

「うわあああああああああ」

 

答えられなかったゾキを、岬一はついに全力で殴り飛ばします。

何故ゾキは名乗れなかったのか、そして何故岬一は殴れたのか。既刊を用いて考えていきましょう。

まず、ゾキは自分がゴズの王になり、更に力を手に入れて上を目指す、というプライドを持っています。9巻でマーヤから兵士を育てるための部屋を借りるために凪を利用したことはありましたが、今回はプライドが邪魔して名乗れなかったのでしょう(単純に名乗り返す余裕が無かったとも言えますが)。

次に岬一ですが、彼にとって名前というのは実は大事な要素です。例えば4巻では、

 

「ねぇ、名前をきかせてよしんりゃくしゃさん…仲間は名前で呼び合うんだよ。」

 

と言っており、相手を仲間であるかどうかという風に考える上で、名前が特に重要になっていることが分かると思います。

ぼっち侵略のテーマという側面で考えるなら、誰かを許す、ということはまず誰を許すのか、という個人の特定無しには始まりません。その個人を識別するために名前はどうしても必要なのです。

8巻でヘントゥーリオは自ら名乗ったものの、敵である岬一を個人として認めず、名前を聞こうともしませんでした。岬一の言う仲間は「名前」で「呼び合う」ものであり、その点でヘントゥーリオはやはり敵だったということですね(リコはどうなんだという話ですが後々ちゃんと名前で呼び合うになったのでセーフ)。

ゾキの場合、岬一を名前で呼びはしたものの、自分が誰であるか名乗りはしませんでした。すると、岬一は誰を許していいのか分からなくなってしまいます。一つの体に凪とゾキが入ってしまった状態の「それ」に対して、彼は遂に許す判断ができませんでした。だから、ゾキを攻撃したのです。暴走した状態ではなく、「岬一」という個人とし

そしてそれは、岬一自身が望み、大鳥先輩が認めた心臓の使い方(9巻で言うところの変化)でもありますゾキの力への誘いを大鳥先輩の助けで振り切り、岬一は遂にゾキ、そして責任を負ってしまった凪と向かい合う決心をしたのです。

 

以上が、ぼっち侵略11巻のざっくりまとめ【後編】でした。

……長いですね……色々てんこ盛りの巻だったとは言え、前編後編合わせて10000文字程度になってしまいました。ただ、これでも細かい部分の読みを色々端折っているので、そちらの方はまた後日別の記事で書いていきたいと思います。しばらくお待ちください。

ではでは。