時緒、かける少女(1)
※注意!本記事は二次創作の性質上『ひとりぼっちの地球侵略』8巻までの既読が必要となります。ご注意ください。
古賀時緒の松横市祭りは、妹達のお守りから始まった。
弟と妹のことが嫌いなわけではない。二人ともちょっぴり強情ながらも言うことは聞いてくれるし、弟の方はこの前のプールのときにもう一人でもしっかり着替えられた。仲の良い姉妹だと人にも言われている。
ただ、時緒にはあと一人だけ、このお祭りを一緒に観て回りたい相手がいた。
『ひとりぼっちの地球侵略』エイプリルフール非公式二次創作小説。
(1)
人だかりの向こうからお祭りの音が遠く響いてきた。
妹達に急かされるままに人垣の手前まで行くと、武者行列の姿が隙間からチラリと見えた。
「お姉ちゃん、もっと見たい!」
妹が着物の裾を引っ張ってくる。前の人達を押し退けるか、他の場所に行くかして鎧武者を間近から観れるところに行きたいらしい。もっと早くここに来ていればそれは可能だったかもしれないが、今となってはそのようなスペースは城内のどこにも見当たらなかった。
「また明日もあるから、今日はここで我慢しようね?」
そう言いながら手を繋いであげると妹は口をへの字に曲げながらも静かになる。以前のようにだだをあまりこねなくなったのは、時緒がいざというときちゃんと叱ってきたから、というだけではないのだろう。そのうち私に似てくるのではないか、時緒にはそう思えた。
弟の方はもう鎧武者に気を取られて固まっているので、時緒も少しだけ余裕ができた。武者行軍の様子を見渡すように眺めてみる。鎧武者は皆背中に旗を差しているので、比較的遠くからでもそれと分かりやすい。妹達があまり文句を言わないもう一つの理由でもある。
鎧武者役の男達は皆引き締まった顔をしているが、中には少しばかり笑顔を見せながら行軍する人もいたりして、それが少し面白い。あの人達も楽しんでいるんだ、そう思うと行列が何だかさっきよりも近く見える気がした。
ふと武者行軍から視線を上に移すと、城の風景に馴染まない工事用の垂れ幕が見えた。丁度体育祭のあった頃、謎の事故によって松横城が半壊したその傷跡だ。原因は今も不明だが、そのせいで松横市祭りは例年とは大きく異なった開催を余儀なくされることとなった。
悪いことばかりではない。松横市は本来お城でやるはずだった行事の半分を街で行えるように働きかけ、それがかえって市内全体を盛り上げることにも繋がった。時緒も学校の吹奏楽部が参加する行事などを通してそのことをよく知っている。それでも、遊園地の観覧車に引き続き松横市で原因不明の事故が頻発していることはどことなく不安を感じさせるものだった。
……そういえば、そんなやり取りを岬一くんとしたっけ。
そこまで何気なく考えてから少し後悔した。つい記憶が、このお祭りに一緒に行けたらと思っていた男の子まで思考を辿らせてしまったのだ。
岬一くん。広瀬岬一くん。
青箱高校の試験当日、木の枝に引っかかった私のマフラーを取ってくれた男の子。そして今のクラスメイト。
青箱高校に入学してもう半年近く経ち一人のクラスメイトとして接し合うが増えてきた中で、時緒は広瀬くんに対する想いを、初めて会ったときのそれからより自分も楽しんでいける形へと変えていきつつあった。自分が広瀬くんに向ける笑顔が何か別のものになっていく、それを自覚していてもなお明るくいられるだけの強さを元々彼女は持ち合わせていた。あるいはそうなれるきっかけのようなものもあった気もするけど、きっと些細なものだったのだろう、それ自体はもう忘れてしまっていた。
岬一くんはきっとここには来ていないだろうな、そう時緒は思い直した。彼が祖父の喫茶店を継ぐためにお店の手伝いをしていること、そしてこういうお祭りの際には忙しさ故にあまり自分の時間を(自主的に)取らないことを彼女は文化祭のときに知っていた。兄の凪のようにお祭りを存分に楽しむという性格でもなかったし、お店の手伝いをこそ寧ろ喜んでやるかもしれない。
いや、どうだろう。お祭りはこれから何日も続くし、今日だって休憩時間にお祭りを観に行っているかもしれない。ここに絶対にいないとは限らない。でも私にとっては居ても居なくても同じなのかもしれない。だって岬一くんはここに来るとしても――
「お姉ちゃん、誰か探してるの?」
お祭りの喧騒よりもハッキリと、妹の尋ねる声が時緒に刺さった。
あまりに突然で、目線を妹へ返すことしかできない。
「向こうばっかり見てるけど、誰かいるの?」
あぁ、そうだったのか。
物思いに耽り過ぎていたらしい。妹を見下ろすまでの視線の落差で自分が随分と明後日の方向を眺めていたことに気付いた。
「別に誰もいないよ。お城を見てただけ」
妹はふーんと言ってそれきりになった。前に向き直ると丁度行列の切れ目で、対岸の人達の顔が見えた。楽しそうな顔が並んでいる。みんな後ろの半壊したお城には気づいてもいない風だった。
もしかしたら、対岸の人達から見てこちら側で笑顔でなかったのは私だけかもしれない。
それを、知られてはいけない気がした。
時緒は知らず強張っていた肩をすとんと落として、誰にでもなく微笑んでみた。妹の手を握る右手が汗ばんで、ぎゅっと力が入った。
~時緒、かける少女(2)へ続く~