ぼっちQ&A!~小川麻衣子作品感想ブログ~

『ひとりぼっちの地球侵略』や『魚の見る夢』等、漫画家の小川麻衣子先生の作品について感想を綴ったブログです。

ひとりぼっちの地球侵略9巻についてざっくりまとめてみた。

こんにちは、さいむです。

 

今回はひとりぼっちの地球侵略9巻の内容についてざっくりまとめて振り返ってみたいと思います。

 

・広瀬くんは他の地球人と比べて何が違うのか、そして大鳥先輩はこれまでの間にどのように成長してきたのか?

 

8巻では広瀬くんの体が敵宇宙人に乗っ取られてしまうという出来事が起きる中、広瀬くんと大鳥先輩の唯一の絆である心臓がもしも無かったら? という問いに大鳥先輩が向かい合う話でした(詳しくは前回のざっくりまとめ参照)。

thursdayman.hatenablog.com

それを踏まえて9巻では、心臓という唯一の絆にも頼らず広瀬くんという存在を認識しようとしたとき、彼は他の地球人とどこが違うのか? そして、大鳥先輩や広瀬くんは入学式に出会ってからこの春までにどんな風に成長してきたのか? これら2点が重要なポイントとなってきます。早速見ていきましょう。

 

・針山という男の子と、針山を振った”今の”大鳥先輩

 

まずは修学旅行から。ここからの3話分に関しては、以前ゲッサン連載時に記事を書いておいたのでまずはそちらを引用していきましょう。

thursdayman.hatenablog.com

修学旅行の話題が上がるところから話は始まります。ここで広瀬くんがオトナの雑誌に手を伸ばしているのも先々の展開の布石と言えるでしょう。流石にうん、女の子苦手なままはしんどいと思うんだ。5巻のプールでもそういう描写はありましたがダメ押しですね。

この時点での大鳥先輩は修学旅行に行けることが嬉しくて他のことを気にかけていないレベルの浮かれっぷりです。楽しそうだなぁ……。

修学旅行に行って、いよいよ先に示したテーマを進めるためのキャラクター、針山が登場します。背が高くハンサムで成績も良く女の子に積極的。人間比較し過ぎるのもあまり良くありませんが、大雑把に広瀬くんの上位互換と言っても差支えないでしょう。彼は広瀬くんのことを認識しつつも大鳥先輩にアタックします。以前の大鳥先輩なら針山くんは地球侵略とは無関係の人間なので簡単に断れたでしょうが、広瀬くんを普通の男の子として見るようになったも同然の今だからこそ彼の言葉は大鳥先輩に刺さることになります。8巻以前にしかけなかったのは運が良かったとも言えますし、針山の観察眼が良かったとも言えるでしょう。果たしてこのアタックに対して大鳥先輩がどう返すのか。先が楽しみです。まぁ振ると思いますが。

ここで押さえておきたいのは、初日の夜更かしの一幕です。堀井さんがアイラちゃんに龍介との関係について色々聞くところから始まりますが、ここの質問、よく読むと大鳥先輩が今まで色んな人に広瀬くんとの関係について尋ねられたときと似ているんですよね。付き合っているわけじゃないと否定していますし、大鳥先輩から打ち明けたことではありますがキスもしていますし。ここの質問が似通っていることで大鳥先輩にもこの内容が刺さり得る状況が実はひょっこり作られています。

そしてこの一言。「付き合うなんてごまかした言葉だよね。みんな恋人になってもらいたくて必死なんだね。」さて、大鳥先輩が広瀬くんと恋仲になりたいのかどうかは現段階ではまだ分かりません。しかし4巻の過去編等から、ひとりぼっちで育ってきた彼女が一緒にいられる誰かを求めているのは分かります。広瀬くんを仲間にしたのは地球侵略において心臓が重要な役割を果たすからという理由もありますが、そこに一緒にいられる誰かが欲しかったからという理由がなかったわけではありません。所謂「暇つぶし」というやつですね。そして物語が進むにつれ地球侵略という目的は実質的に消滅しつつあります。そうなると二人はどういう関係になるのでしょう。一緒にいられる誰かが欲しいという願いと、地球侵略という目的。7巻で後者が剥がれ落ちて以降、前者を明確に言葉にする何かを大鳥先輩はまだ発していません。地球侵略が嘘だったわけではありませんが、それが形骸化した今、”地球侵略の仲間”という言葉はごまかしであるとも言えます。だから針山に付き合っているのかどうかを問われた時に、2巻や3巻のときのように「暇つぶし」や「仲間」という言葉が使えなかったのです。最後まで残っていた心臓というバイアスも取り払われた今こそ、二人を結びつける新しい言葉が必要になっているのでしょう。それはどのような言葉なのか、はたまた広瀬くんと大鳥先輩のどちらから出てくるのか。注目したいところです。

 

あともう一つ気になるのは、大鳥先輩の目に「松横市の外の世界」はどのように写っているのか、という部分。大鳥先輩は修学旅行を楽しんではいますが、一方で松横市の外の景色については何やら思うところがある様子。新幹線のときも乗り物としての速さだけでなく何やら流れていく風景を気にしていたようにも見えますし、初日の夜に広瀬くんと会話をしながら、京都の夜景を眺める際に何とも言えぬ切なそうな表情を浮かべています。今まで松横市でしか暮らしてこなかった大鳥先輩。オルベリオでは白い部屋から外に出たことが無く、地球に来ても松横市にいるばかりだった彼女に、外の世界がどのような刺激を与えるのか、気になるところです。

さて、43話『辛いなぁ』から続きを読んでいきましょう。

貸し切り風呂なのもあって延々と楽しそうなアイラちゃん。付き合うとかよく分からない大鳥先輩。仲良さそうですねー。ナイフ首元に押し付けてた頃が懐かしいなぁ……。

というか、アイラちゃんはともかく(繊細だからね)大鳥先輩はどうやって一緒に貸し切り風呂に入れて貰えたのでしょうか。いや、魔法を使えば寧ろアイラちゃんよりも簡単に貸し切り風呂に入れそうではありますが、案外無理矢理誘われたのかも。

ともあれ、ここで重要になってくるのは二人の会話です。アイラちゃんの言う「幻想」を大鳥先輩がどう解釈したのかがその後の分かれ道になりました。この半年近くの間に”幻”に関しては色々見せられてきた大鳥先輩だけあってここには特にヒントになりやすかったのでしょう。最近では8巻でマーヤに見せられた「広瀬岬一が大鳥希を知らない世界」(正確に言えば広瀬くんが大鳥先輩の心臓を持たなかった世界)なんかがありましたね。あのときは以前の大鳥先輩であればオルベリオの心臓を持たない広瀬くんには興味なんて持たなかった筈なのに、7巻までの間に様々な出来事を経て自身の持っていた偏見を少しずつ取り除いていったからこそ、彼女にはあの夢が苦痛に感じられていました。過去の幻想を見せつけられたことが、今回の振り方を思いつくきっかけになっているのかもしれません。

その大鳥先輩の振り方を今度は注目してみましょう。

「勝手な妄想で私を振り回そうとしないで」

「私が変わったって、本気で思ってる?」

「私は変わってないよ、…隠してるだけ」

「…勘違いも甚だしい。本当にあなたには…興味がない」

自分に頑張って嘘をついて昔の自分の演技をすることで何とか絞り出した言葉です。昔の自分に戻って見せることで針山の幻想を壊すことが、大鳥先輩の選んだ方法でした。昔の自分から少しずつ変わっていったことで広瀬くんという男の子のことを少しずつ理解できるようになっていったのに、広瀬くんと自分の関係を守るためにその逆を演じてみせなければならない。だからこそ「辛い」のでしょう。

針山の前で見せた昔の自分もまた嘘≒幻である以上、この振り方は8巻でマーヤに見せれられた夢の内容と構図がかなり似てきています。夢の中で大鳥先輩を拒絶した広瀬くんは現実の入学式の頃と対応そのものは何も変わっておらず、ただ”心臓がない”という嘘が一つ混ざっていました。今回針山を振った大鳥先輩も以前と変わらぬ自分を隠していたように見せて、実はそれは演技だったという嘘が混じっているのです。

振り返って7巻で広瀬くんに「俺はこの星が先輩の新しい故郷になればいいなって思う」と言われたとき、大鳥先輩は「いつかそうなる日がくるのかな…」と広瀬くんに後押しされる形で自分の展望を見据えました。それに対し今回は針山を振る際、昔の自分に戻ることを苦痛に感じることで「自分が変わりつつある」ことを強く自覚するようになっています。地球人を軽蔑していた頃の大鳥先輩、つまり「他人」という存在をきちんと理解しきれていなかった頃の大鳥先輩からの脱却を、広瀬くんに後押しされる形ではなく、昔の自分に戻る演技を苦痛に感じることで大鳥先輩自身が「実感」できたことが針山を振ったという行動を通して得た収穫だったと言えるでしょう。

それらを抑えた後にもう一度、大鳥先輩が秘密基地に帰って来たシーンを読むと色々味わい深いものがあります。「地球侵略の仲間」でもなくなった今の広瀬くんとの関係の在り方を端的に示している場面ですね。 というか広瀬くん以前は女の子の部屋にー!って言ってたのになんかもう図々しいな 今の広瀬くんとの関係は、結局言葉にしきれていないんですよね。色んな成り行きもあって一緒にいるけれど、こうだと表せる言葉がない。だから何も言わずに、ただ一緒にいたいからいる。珈琲を自分から淹れて一緒に飲んだり、沢山買ってきたお土産を手渡したり、そういうやり取りを大事にしていく。8巻でもそういうシーンがありましたね。またざっくりまとめから抜粋します。

目が覚めた大鳥先輩は広瀬くんとアイラちゃんが昨日の話をしているところにやってきます。広瀬くんと顔を合わせた先輩は広瀬くんに顔を近づけ一言「いい匂い。」これは……そう……。
大鳥先輩の匂いフェチへの目覚め!!金木犀はこの伏線だったのだ!!
……えー、ではなく。大鳥先輩が心臓という絆に頼らず広瀬くんの存在を確かめようとしているのでしょう。マーヤは大鳥先輩に心臓という絆が無かった世界を見せました。しかし、大鳥先輩が一切の絆が無い世界に放り込まれても広瀬くんはそこから彼女を助け出してくれました。それは大鳥先輩が心臓という絆に頼ることなく広瀬くんを広瀬くんのままでもう一度見つめるきっかけになったのでしょう。匂い、というのがポイントです。何故なら、広瀬くんの匂いは広瀬くんのものであって心臓のものではないからです。8巻の前半で広瀬くんの心臓の鼓動を聴いて絆を確かめようとするシーンがありましたが、こちらはあくまで広瀬くんという人間を確かめる行為です。心臓という絆が無くなる可能性を見せられたことで二人の関係は一度弱まったようにも見えますが、実はそれが返って心臓という絆に頼らない二人の関係を築くことに繋がっているのです。

言葉にできるような関係ではなくても、一緒にいたいという思いのままにやり取りを積み重ねていく。4巻における『星の王子さま』の引用で言う”ひまつぶし”ですね。9巻のここはそれをもっと自覚的にしようとしているシーンだと言えるでしょう。広瀬くんと一緒に過ごす時間。言葉にできるようなものではなくとも、守りたいと思ったからこそ大鳥先輩は過去の自分を演じてまで針山を振ったのです。

そんな針山ですが、その後の第44話の様子を見る限り、振られた事実はともかく大鳥先輩の演技には納得しきっていないようで、「「振り」な訳ないんだよなぁ…」とまで言っています。そのうちまた現れるかも……振られに。

 

・広瀬くんが変わっていくということ。

 

修学旅行の様子が描かれる第40話から第43話までを前半とすると、ゴズ星系の宇宙人が出没し始める第44話と第45話は後編とすることができるでしょう。

 その後半に入る前に、1巻と3巻から少し台詞やモノローグを引用してきましょう。

 

(1巻99~100P)「じいちゃんが俺たち3兄弟を育てることに苦労していたことは知ってる。あと、俺が何もできない子供だっていうのも分かってた。けどそのままではいられない。俺に何ができる? これは決意だ。俺が家族を守る」

 

(3巻99P)「あの女が一方的に望んだ関係で、傍から見れば確かに不釣り合いかもしれないけどね。あの男の子は自分からそれに見合う人間になろうとしてるのよ」

 

それぞれ広瀬くんとアイラちゃんのものですね。広瀬くんは大鳥先輩の仲間になると決意して以来、少しずつ大鳥先輩のことを理解しその力になろうと頑張ってきました。大鳥先輩が広瀬くんという存在を通して成長してきたように、広瀬くんもまた大鳥先輩に少しでもついていこうと努力し続けてきたのです。

ただ、それに対する大鳥先輩の反応は必ずしも良いものであったわけではありません。

 

(1巻181P)「最近広瀬くんと過ごすようになって毎日が楽しい。今までこんなことなかったもの、壊したくなかっただけ…怒らせるつもりじゃなかったの」

 

(3巻166P)「広瀬くんには戦える力なんて必要ないよ…いざとなったら私が守ってあげるし…だから…そういう日々を一緒に過ごしてくれるだけでいいのに…」

 

大鳥先輩は、基本的には広瀬くんを「オルベリオの心臓を持った地球人」以外では”楽しい時間を一緒に過ごしてくれる人”として認識しています。仲間や他人といった概念に対する理解が希薄で、そういったものを初めて教えてくれた広瀬くんをできるだけ大事にしていたいという気持ちをずっと強く持っていたのでしょう。広瀬くんの「大鳥先輩の力になりたいという姿勢」をその都度理解してはいても、彼女にとって広瀬くんは楽しい日々の中心にいてくれる人だったのです。

 

しかし、その大鳥先輩が変わりつつある広瀬くんを心から受け入れようとするのが9巻後半の物語のポイントになっていきます。実際に第44話から見ていきましょう。

(9巻132P)「今は駄目。あの敵に岬一の体を乗っ取る能力があるか判断できないから」

明らかにゴズ星系の宇宙人らしき敵が来たものの、1度目も2度目も何もさせてもらえない広瀬くん。リコや大鳥先輩が敵を倒す様子を何やら不満そうだったり悔しそうだったりする表情で見つめています。他の3人からしてみると、ヘントゥーリオという広瀬くんを丸ごと乗っ取るという方法で心臓を狙いに来た宇宙人が来たことが広瀬くんを守るように動く理由になっているのでしょう。しかし、少しずつ心臓の力を自分のものにしつつある広瀬くんにしてみれば逆にもっと大鳥先輩達を助けられる筈だと思ってしまったのでしょう。ヘントゥーリオから心臓を奪い返せたこともその姿勢に拍車をかけていると言えるかもしれません。

そんな中、第45話で三度目の襲撃があります。回数を重ねるごとにゴズ星系の宇宙人はより強くなり、今回は大鳥先輩をそれなりに苦戦させるくらいになっています。今までよりも強力な攻撃方法を備え分身も扱う敵に手こずる大鳥先輩。しかしそこに広瀬くんが駆け寄ろうとすると、

(9巻158P)「あの時の広瀬くんに比べたら全然戦いやすい」

なんて返される始末。本人は覚えていないだけにきつい一言です。もう少し突っ込んだ考え方をすると、ヘントゥーリオの乗っ取り方はあくまでも広瀬くん自身の「敵と戦おう」とする心に同調して行われたものだったので(戦う敵がいなくなって同調しきれなくなったから支配も解けた)、あの大暴れ自体もある種広瀬くんの望みに沿ったものではあったんですよね。ヘントゥーリオの支配は広瀬くんに心臓を大事にさせる決意を固め直させただけでなく、敵と戦うことで大鳥先輩の力になろうとする姿勢も助長させたのかもしれません。

ちょっと話が逸れている間に9巻最大の問題シーンが! アイラちゃーん!!

広瀬くんは心臓があるし、大鳥先輩は純粋にオルベリオ人だし、リコはあれで兵器ですから3人はまぁいい。けどアイラちゃん! 言うて肉体面はごく普通の地球人たる貴女が被弾するのがある意味一番最悪なんですよ!? 生身の人間が高速飛来する丸太なんか喰らったら普通ミンチですからね!? 広瀬くんが危ない目に遭うよりよっぽど大問題なんで気を付けて頂きたい! というか医者はどこだ!! こういうときにすっ飛んでくるピョートルはどうした!? 林の中だから車で行けないのか!? 財力使ってなんとかせえや! お婆ちゃんもだぞ! 可愛い孫がこうなることを予測もできなかったのか!? 修学旅行とか呑気な期間ばっかり予測してっからだぞ!! 何やってるんだどいつもこいつも!

 

……まぁ落ち着きましょう。物語的に重要なのは広瀬くんがリンク状態で戦いの場に出てきたことです。 大鳥先輩がリンクしてもらっていることに驚きますが、よく考えると先輩はリンク状態の広瀬くんを目にするのはこれが初めてなんですよね。アイラちゃんが怪我をしていよいよ自分一人で片付けようとしたところに広瀬くんがアイラちゃんの目を借りて出てきたわけですからそれは戸惑うでしょう。

とは言え先輩の判断は変わりません。一人で戦うのが一番安全なので、すぐに広瀬くんを引き離そうとします。ところが先輩のスピードについてくる広瀬くん(これどのくらいの速さで走ってるんでしょうね?)。大鳥先輩はここで広瀬くんが心臓の力を自分のものにしつつあることを理解します。性能面では心臓の力で、反射神経の鈍さはリンクで補った今の広瀬くんは大鳥先輩レベルの戦いについていけるぐらいになっていたことを彼女はここのシーンで理解するわけですね。ここで広瀬くんを引き離すのを先輩は諦めます。

しかし広瀬くんの指示はまさかの「右上」。リンク有りでも攻撃の避け方はなんだか危なっかしい。どれだけ補助を受けてもやっぱり不器用さが抜けなくてお世辞にも頼もしいとは言えません。

その様子を見つめる大鳥先輩、ここの胸元をよく見ると服のブラシの塗り方が左胸でハートの形になっています。広瀬くんが心臓の力を使って敵の攻撃を避けていることを感じているのかもしれません。攻撃が来ることはリンクで把握できても、実際に避ける運動能力は心臓の力頼りですからね。

「俺は全然すごいやつなんかじゃないし…先輩みたいなすごいやつは遠い存在だって思う。けど、何ひとつ頑張ろうとしないで諦める人間でもないんだぞ…!!」

初めて大鳥先輩と出会った1巻の頃から今までの広瀬くんの頑張りを一言に纏めたような台詞ですね。これをやってこれたから広瀬くんは大鳥先輩の傍に今もいられるわけで。変わってきたところを甘い汁だけ吸いに来るような針山とは違いますなぁ 当初は家族を守るという他の理由や凪の言葉に押されながら大鳥先輩について行った広瀬くんですが、大鳥先輩のことを少しずつ理解していく中で彼女のために頑張るようになり、やがてそれが自分自身のため(8巻の心臓を守るシーン)にもなっていきました。前に進もうとする姿勢は変わらず、様々なやり取りをしながら色んな事情を知る中でゆっくりと大鳥先輩についていける自分を作って来た。それが広瀬くんなりの”成長”だったのです。

こうした広瀬くんの様を見た大鳥先輩は、広瀬くんが指示を出しやすいような状況を作り出して敵の本体を特定、撃破します。そしてこの台詞。

「変化…変化」

「私もちゃんと認めないといけない…広瀬くんが変わろうとしていることを…春に出会った頃のあの広瀬くんから…」

これを口にできたのは、勿論9巻前半で自身の成長を元に戻って見せることの辛さを通して実感したこともあります。しかしそれだけでなく、8巻で広瀬くんという男の子をありのままに見ることができたこともその転換点にはなっていたのでしょう。振り返れば針山の存在が大鳥先輩に刺さったのもそれがあってのことですし、それだけあの出来事は大きな影響を及ぼしているのです。

今まで”オルベリオの心臓を持つ地球人”や、”楽しい日々を一緒に過ごしてくれれば良いだけの仲間”という風に広瀬くんを捉えていた大鳥先輩が、遂にいつでも諦めず前に進もうとする彼の姿勢を認められるようになった。それは広瀬くんの一途な努力の結実とも言えますし、また大鳥先輩が成長してきたことの証とも言えます。広瀬くんと大鳥先輩が9巻までの出来事の中で確かに何かが変わってきていたことを確認できたこと、それが9巻の到達点だったのでしょう。

 

・凪君とゾキさん。

 「ゾキゴッド・バシデロス・ゴズ。ゴズの王弟…!」

凪の右腕に寄生した何かの正体が遂に判明。ゴズ星系の王様の弟でした。あれ、オルベリオの眷属じゃなかったのか 確かに10年前に地球に侵攻してきたのはゴズ・キルシス・ヤフマナフだけでしたし、凪が遵従の右手で上手く操れるのがゴズ星系の宇宙人だけだったことも踏まえるとなるほどといった感じでしょうか。

恐らくは10年前に港が開いたのを確認してキルシス・ヤフマナフと共にやって来たものの、大鳥先輩にやられて死にかけたところを凪に寄生、10年間生き永らえてきたということなのでしょう。前線に立ったのは、王様の弟という微妙に偉くなりきれないポジションだったからでしょうか。地球を自ら侵略することでゾキ自身のものにするとか、王様を見返すとか、大体その辺りでしょう。

 

弟だから王様になれなくって仕方なく自ら地球の前線に出てきたゾキゴッド・バシデロス・ゴズ!

 

なのに大鳥先輩にボコスカにやられて死にかけたゾキゴッド・バシデロス・ゴズ!!

 

命からがら原始的な地球人の右腕に寄生して10年眠りにつき、ゴズ本国では死んでいるのか生きているのかも分からなくなってたっぽいゾキゴッド・バシデロス・ゴズ!!

 

 ……何だろう、この人随分哀れだなぁ……w ドヤ顔で名乗りを上げちゃいますが今までの経緯を思うとなんかこう……うん……大変だったねという気持ちになってしまいますw 個人的には9巻のこのラストが読んでいて一番笑ってしまいました。

ともあれ、港を通さず軍勢を用意できているのは非常に厄介です。流星群に混じってやって来た繭のようなものがああなったのか、あるいは7巻での特訓時に出てきた敵からこっそり拝借したのかは分かりませんが、あれだけの数で松横市全土に攻め入ったら広瀬くん達ではどうにもならないでしょう。土地全体を破壊して港を解除する、4巻での侵攻方法をもう一度試せるようになります。大鳥先輩も弱体化していますから前よりは簡単な筈です。

ただゾキ本人はどちらかというと広瀬くん、もとい彼の胸にある心臓にどうやら興味がおありの様子。今回広瀬くんを前線に引っ張り出すよう促させたことや、前回マーヤを唆して広瀬くんの心臓の力を強制的に引き出させたことなど、広瀬くんが心臓の力を完全に引き出させたところで自分のものにしようとしているような立ち回りをしています。戦力自体港を介する必要が無くなった以上、これからはゾキ主導で状況をコントロールしていくことが増えそうです。もっとも港のパスワードの解析も進んでどんどん強い宇宙人が侵入してくる現状、ゾキが早いか港が開くのが早いかは微妙なところです。

 

で、マーヤとの関係がどうなるのかも気になりますが、それより優先したいのは凪がこれからどうなっていくか。ポイントとしては、

・凪はゾキとコミュニケーションが取れているのか

・凪の望みはどこに落ち着くのか

・凪は岬一をどうしたいのか

まぁざっとここら辺でしょうか。上から順に見ていきましょう。

まず一つ目ですが、凪とゾキはコミュニケーションを取っているのかどうなのか、ということです。ゾキに広瀬くんを殺す気がないのなら協力もあり得そうですが、5巻でマーヤが古賀さんを傷つけたことに怒った凪が、アイラちゃんが負傷したことをどう感じるのかも気になります。まぁ、二人の目指すものは完全に一致はしていないと考えるのが妥当でしょう。

二つ目ですが、もしも第43話での凪の語りが全てゾキの演技だったとすると、凪自身の望みは7巻の「パーフェクト・ワールド」から変わっていないことになります。岬一と”最後まで”一緒にいたい。それを叶えるためのチャンスはもう再び整いつつあります。凪があの光景をもう一度、今度こそ完璧なものにしようと思うのなら、ゾキに寄生されていることも織り込み済みで最後の最後に自らの為したいことを為そうとするかもしれません。問題は、その二人だけの終わりの世界に他人が巻き込まれてしまうことをどこまで受け入れられるかですが……この辺りは今後の展開待ちですね。

三つ目。凪のこの先ですが、基本ゾキに支配されて自分を失うか(共生できている可能性もありますが)、ゾキから解放されたのち病で死ぬかの二択です。どちらにしてもまだ終わりからは抜け出せていない。ならば凪は岬一にどうしてほしいのか、あるいは岬一をどうしたいのか。もう一度一緒に死んでほしいのか、他の一切が消え失せた二人だけの世界に付き合ってほしいのか。流石にこの先ゾキが完全に中心になって凪は最後まで蚊帳の外というのは考えにくいですから、どこかで彼の番が回ってくるはずです。「いつもの仮面を被って時を待つ」凪が行動を起こすときがいつになるのか、そして何をするのか。今から気になるところですね。

 

ゾキと凪に関してはこんなところでしょうか。……え、マーヤ? ……なんだろう、なんかもう、大鳥先輩を痛めつけることに固執し過ぎないで自由に生きてた方がいいんじゃないかな……w 最後まで生き延びるって言う割にこんな渦中に首突っ込んじゃうし、全部持っていける程強いわけでもないし、修学旅行めっちゃ楽しそうだったし(こう言っちゃなんだけど本当に何のために京都へ……)、嫌なことは忘れてのんびり生きようよ。今からでも小学校かどっかに編入してもらってさ、色々楽しい毎日を……あ、いや、大鳥先輩みたいなことはできないんでしたっけ。そもそもあれだな、マーヤそういう俗人生活めっちゃ嫌がりそうだな……。

というかこれから先、明らかに力関係が逆転してそうなゾキ相手に悲しい目に遭わされる気しかしませんね。だめだ……やっぱり大鳥先輩のことなんか気にせず自由に生きてた方が良かったんや……なんでこんなことに……。

ゾキといい凪といいマーヤといい、この世界は兄弟姉妹関係ほんとロクなことがないですね。兄弟姉妹関連でコンプレックスを強く持っている陣営VS持ってない陣営の戦いにすら見えてくるヤバさがあります。みんな、兄弟姉妹は仲良く大切にしよう!

 

・終わりに

 

以上、9巻に関してのざっくりまとめでした。1万文字超えてしまいましたが一応ざっくりまとめです、はい……。全体的に見ると8巻のテーマを踏まえつつ、今までの出来事によって如何に大鳥先輩や広瀬くんが成長してきたかを確認する内容になっていましたね。一方でそれと連動するように凪とマーヤの動きも活発化してきていて、冬に入り物語も佳境に差し掛かったことを窺わせます。終わりにゾキも登場したので、次回辺りは両陣営が遂に他の宇宙人を交えることなく正面から激突するようなことになるかもしれません。まぁ、10巻発売は2016年夏予定ですので、半年のんびり待つとしましょう。

最後に、拙文にお付き合い頂きありがとうございました。この記事を通してぼっち侵略の新たな面白さを見つけることができれば幸いです。それでは。